ここで終わるのか。何も知らず。
 何故、何も分からぬまま死なねばならないのか。ここで死んでやる理由など、自分には無いのだ。
 たとえそれが、自分が理由を忘れているだけだとしても。無くした記憶の中の自分が選んだことだとしても。今の自分 という人格とは関係が無い。
 この腕は、この足は、この体は髪の一房、一本までも今こうして足掻いている自分のものであるはずだ。そうでなけれ ばならない。そうでないと言うのなら、この体と意思は誰のものだというのだ。
 心臓は間違いなく動いている。血を、体中に送り出す。指先までじわりと熱が伝わるのをイメージする。まだ動ける。 足掻くことができる。自分は、まだ立ち上がれる。

 諦めないと言っているのに、どうして世界は閉じていく。

 そんなことは許さない。生者に等しく訪れることが約束されている死はどうしようもないことだとしても、自分の世界 を何時終わらせるかなど、自分で決める。自分以外の誰かに選択などさせない。
 こんなにも無力で弱い人間は、それでも生きたい。
 だが、もう体が動かない。気紛れでもいい、だから、誰か答えてほしい。
 この声に答えてくれるのならば、今この時、自分は、――神にだって逆らおう。



 明滅。ふと、誰のものかも分からぬ声に、地に横たわったまま上へと視線を動かす。

 ――太陽。

 割れるステンドグラスが星のように煌めき、その中心で太陽が瞬く。
 ――黄金を纏った存在が、そこにいた。この世界で、絶対的な、まるで全ての選択権を持つ神のような、男、が。

「――問おう」

 広い、果てなど見えぬ空間を震わせる声。静かに吐き出された音は、決して無視などできぬほどの存在感を持っていて 。

「貴様が、我を招きしマスターか」

 逆立てられた金色の髪。端整な、人形のように――まるで出来の良い彫刻のようにと表すには気配と意思の強すぎる面 立ち。瞳はルビーのような赤、それもルビーの中で最高級と称されるピジョン・ブラッドの色合い。
 ――一瞬で、その存在に魅せられた。
 どこまでも人を惹きつける。まるで何かのまじないのようだ。

 ――かみさま。

 もし神がいたならば、このような存在であるのだろうと思った。その姿に見惚れたのも事実だが、男の「在り方」が何 よりそう思わせた。
 しかし、そうして呟いた言葉に男は眉を顰める。地を這う虫を見るような目で見られていると感じた。その視線が不快 に思えない辺り、本当に自分はもう終わりが近いのかもしれない。

「神、だと? 我は王の中の王であるぞ、貴様は神にすら牙を向くと言い我を招いておきながら、我に歯向かうつもりか 」

 異常な威圧感に、血の気が引いた。触れ合いかちかちと鳴る歯を噛み締め、慌て言葉を喉の奥から捻り出す。

 ――もうしわけありません、おうさま。

 そうだ。自分は神にすら逆らおうと足掻いた。それで何故か招かれてしまったらしい人物に対して、神様は無いだろう 。
 しかし、雑種とは虫ではなく犬猫扱いであったか。男は王様という呼び名にほんの少しだけ唇を笑みの形に歪めた。笑 ったというよりも、本当に歪めたという方が似合う笑みだった。

「これはまた醜悪な世界に招かれたものだ、人の醜さが確かに在りながらも、それでいて無機質だ、我の宝物庫に見合う 財があるとは思えぬ」

 この世界の形を、目の前の王は正しく理解しているのか。一通り考えを述べた後、王は「だが」と間を置く。そして、 どこまでも気品のある動きで捕食者が獲物を嬲るかのような視線を地に伏せる自分に向けてきた。

「よい、実物として我の前に貴様のような歪んだ存在がある、このような世界でも愛でる物はあるだろう」

 ――何から指摘すればよいものか。今この場で、肯定以外は全て必要以上の言葉となる。口が裂けても自分は呻き声し かあげないと心の中で誓った。

「サーヴァントアーチャー、王の中の王である我に奉仕できることを光栄に思うがいい、――雑種」

 こっちの都合など知らぬと言うように、たとえ何があったとしても貴様の優先順位の一番上に存在するのは我であろう と、王は音も無く語っていた。
 嗚呼、何て存在を招いたのだろうか。消えない感動と、少しの反省。ここで神に懺悔などすれば自分の王の機嫌を損ね るだろうから、後悔はしない。
 右手に刻まれた赤い紋様は隷従の証だろうかと考え、細い糸のような反抗心を抱く。しかし、何故か歓喜から顔には笑 みが浮かんでいた。


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