藤色の髪の少女のことが好きだった。

 何故過去形なのかといえば、自分がもうどうしようもない状態で彼女を好いているのだと気付いたからだ。
 語ることも、伝えることも叶わない恋心。それは淡く、不要のデータとして消えていく運命にあった。



「――さん」
 間桐桜。それが少女の名前だった。桜という名に相応しく、やわらかく優しい、それでいてどこか儚い印象を抱かせる 少女。
 少女が動く度に揺れる長い藤色の髪も、こちらに向けられる視線も、呼びかけてくる声も、自分にとっては全てが好ま しいものであった。特に、微笑んだ顔が好きだ。少女は男心に素直に、純粋に可愛らしいと思う容姿と性格をしていた。
 穏やかな性格からたまに覗く歳相応の少女らしい嫉妬などもそれはそれで愛らしいものであったし、自分は相当彼女の ことを好いていたのだろう。

 ――そのことに気付くことも無く、自分は聖杯に沈んでしまった。残念ながら呼びかけてくる声が曖昧なのは、自分の 名前がもう失われてしまったからだ。

 削れた記憶で藤色の少女を構成する。記憶を繋ぎ合わせる。

「あの、正直に言ってくださいね、男の人って突然女性からお弁当とかを貰うのって……その、どうなんでしょうか」

 自分は支給品としてしか受け取ったことの無いそれは、支給品としても一人の存在としても嬉しいものであった。自分 の意見だけれど、と前置きをしてからそう伝える。それを聞いた彼女は嬉しそうに、まるで花が咲いたかのような笑みを 浮かべた。

「それで、あの、お味はどうでしたか……?」

 少女の言葉に、自分は固まった。自分は、少女の料理を体に取り込んだことが一度も無い。少女から受け取るそれはサ ーヴァント回復用のアイテムという項目に勝手に分類されてしまうのだ。
 そのことを素直に謝り、しかしNPCが高級品と引き換えにしてまでその存在を欲し、何かと妙に料理に関して口うるさ いうちのサーヴァントまでもが絶賛するそれの出来が悪いわけがないと強く断言する。
 少女は少し残念そうに眉を下げ、それでも微笑みを浮かべ礼を述べた。

「ありがとうございます――さん、私、頑張りますね!」

 自分は、知っていた。少女が想いを寄せる人がいることを、知っていた。
 ただ、気付かない振りをしていたのかもしれない。しかし、少女に対して抱いていた想いを理解していたとしても、自 分は少女に想いを伝えることはなかっただろう。
 仮定、記録されるもしもの世界。少女に恋をする男子学生として聖杯に配置されたならば、少女に告白するifがあった のかもしれない。
 だが自分が選んだ道は違う。自分は生者の亡霊として生まれ、意思を得た。少女に恋をしたのは、予期せぬバグデータ でしかない自分だ。自分のオリジナルではない。

 俺が、彼女に恋をしたのだ。

「あっ、でも――さんも今度食べてくださいね、すっごくおいしいんですから」

 今まで、少し不安そうにこちらに問い掛けていた少女はどこにいったのか。自信満々な彼女の言葉を指摘すれば、―― さんのお墨付きですから! と少女は笑う。
 俺は将軍か何かなのかと、少女と一緒に笑った。

「――さん■■ってくださいね、私は■■■でしかありませんが、それでも■■して■■から」


 削れた記憶の中で少女が笑う。どうせ気付いたのならば、願えばよかった。
 亡霊が恋をした、――の幸福を。

 沈む。情報から彼女の姿が消える。
 意識が消える最後の時まで残ったのは、思わず縋りたくなるような赤い外套を纏った誰かの背中と、消えたくないとい う俺の願いだった。


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