聖杯戦争もついに終盤。生まれながら王である少年との決戦まであと一日。
 トリガーもしっかりと集めた。日々戦いに明け暮れ、妥協したことなど一度も無い。不足は無い。やるべきことは全て やった。
 だから、七回戦が始まってすぐ、勘違いでサーヴァントが落とした言葉を、実践してみようと思ったのだ、が。

 どうしてこうなったのだろう。

 真剣な話をする時のように姿勢を正した男の足の間に座り、腰を抱えられ、自分はいったい何をやっているのか。
 詳細な説明は、説明しても分からないだろうから省く。ただあえて言うなら、アーチャーには椅子があるのに、俺は床 など不公平ではないか、まあいいんだけど。と言ってしまってから話がおかしくなった気はする。
 サーヴァントと過ごす残り少ない時間。もう話すことは全て話した、とも思うが、戦いなどを気にせず、過ごした日々 を語り、別れを惜しむような時間が欲しかったのかもしれない。

 しかし、これはないだろう。男同士で、なんて寒い光景。
 どうもこのサーヴァントは自分のマスターのことを弟だか息子だか、そんな存在のように扱うところがある。これもそ の延長線上のことか。
 試しに、胸に頭を預けその良く鍛えられた体に寄り掛かる。自分も身長はある方だし、貧相な体ではないと思うのだが 、この男と並ぶとそんな意識も見栄も霞むと改めて感じた。
 彼はサーヴァントだ。普通の人間とは違う。サーヴァントは過去の英雄の再現。しかし、彼は他の英雄とは成り立ちが 違う。……気付かなかったことにしよう。

 腰に回された綺麗に筋肉のついた腕を憎らしく思い、掴み、微妙に爪を立てながら視線を上げる。灰色の瞳に不思議そ うな色が滲んだので、可愛らしく、――パパ。と、視線を合わせたまま呼んでみた。
 ぞっとしたのだろう。彼の眉間の皺が深くなる。余談だが、呼んだこっちの方が恥ずかしい。大ダメージだ。

「……せめて、父さん、くらいにしてくれないか」

 反応するのはそこか。そこなのか。

 小言が多くて、皮肉屋で。過保護で心配性で優しい俺のサーヴァント。
 零と一で構成された世界なのに、体を預けたその身はあたたかい。
 自分に、兄弟はいたのだろうか。どんな家族の中で自分は、このデータの元となった人は育ったのだろう。
 ぐたりと完全に体から力を抜く。自分のものではない手で視界を覆われ、触れた場所からじわりじわりと熱が伝わる。

「今日は一日休むのだろう? 明日にこの感覚を持ち越されては困るが、まあ、今はゆっくり休むと良い」

 ただ、伝わる温度が熱くて。生温い。

 ――……やっぱり、今日もアリーナに行く。

 気がつけば呟いていた言葉に、サーヴァントは呆れたように笑う。おかしそうに彼が笑う度にこちらにも振動が伝わっ た。
 特に何も無く、落ち着いた雰囲気で話そうなど、自分達には無理なことだったのかもしれない。

「オレ達、ではなく、マスターが、だろう?」

 まったく。このサーヴァントは。

「さて、ではいつも通り凝り性で撃墜王の称号まで得たマスターに付き合うとしようか」

 今日も早期の帰還は無理だなと嫌味のように明るく言い放った後、彼はさり気なく人の髪を撫でていく。
 嗚呼、もう、本当に。唯一無二、このサーヴァントは――、


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