「しかし、撃墜王の凝り性か、相手がそういう目的でプログラムされ配置されているエネミーでなければ、死神のような
ものだな」
それは、どういうことだろう。
アリーナから無事帰還して一息ついた頃、彼は唐突にその言葉を零した。
意味がよく分からず首を傾げる。実際にアリーナでエネミーと戦っているのは、堂々とした態度で足を組んで座る赤い
外套を纏うサーヴァントだ。自分を死神だと言っているのと同意ではないかと問えば、サーヴァント――アーチャーは何
とも言えぬ顔をした。
これは言葉の選択を誤ったかもしれない。以前聞いた彼の英霊としての成り立ちを思い出し、こちらまで顔を歪めてし
まう。
あの話を、自分は半分以上理解できていないと思う。だがそんな顔をされては何かが彼の触れられたくない場所に触れ
たのだと分かってしまう。
これは謝罪をすべきか、それとも気づかぬ振りをして流すべきか。
「今しているのはお前の話だ、用意周到、完璧主義のマスターだと喜ぶべきか、それとも経験不足で危なっかしいと嘆く
べきか悩むところだな」
どうしようかと悩んでいる間にさり気ない気遣い上手のサーヴァントにフォローを入れられてしまう。情けない。
――アリーナを隅から隅まで探索し、見つけたエネミーと積極的に衝突するのには勿論自分なりに理由がある。
そう言えば、アーチャーは視線だけで続きを話してみろと語る。最近、彼から分かりやすい親愛を感じるられることも
増えたが、少し意地の悪い面などもよく見るようになった気がする。
不快だというわけではない。むしろ好ましい。サーヴァントとマスターとして、ただの個として、やっと近い位置に立
てたのだと思う。何より、女性を相手にするような態度を取られても気味が悪い。
皮肉な笑みを浮かべるサーヴァントに、こちらも少し口の端をつり上げる。
――理由など、とても単純だ。死にたくないと、それだけの思いで聖杯戦争を生き抜く自分に相応しい理由。そう、死
にたくない。だから念入りに準備をし、少しでも多くの経験を得ようとする。
戦うのは自分ではない。どんなに上手く相手の手を読んだとしても、半人前というところだとサーヴァントは笑う。そ
れに反論する気はまったく無い。自分には喧嘩レベルの戦いの経験すらなかったのだ。そもそも記憶が無い。サーヴァン
トに半人前と言われるようになっただけでも大きな成長だろう。
現実感無く生きる自分だが、やはり死に対しての恐怖がある。だが、自分が生きるために他の誰かを犠牲にするという
のには、まだ抵抗があった。
「……甘いなマスター、もう覚悟は決めたんじゃないのか?」
少しの間の後、アーチャーは呆れたような声音で言う。
そうだ。自分は彼女に、いま答えられる限りの言葉を返した。それでも、その覚悟だけはできない。いや、少々違う。
【そんな覚悟だけはしたくない】というべきか。
初めて問われた、あの時だってそうだった。自分は死にたくない。だが対戦者であるマスターとサーヴァントを殺すの
だって嫌だ。
自分が死ぬ覚悟は、その時になれば自身の選択など関係無い。それに、自分のような存在はきっと、いざとなったら相
手の死と自分を死を天秤にかけ、自分の死を選べる。
誰かの生を犠牲にする覚悟などしたくはなかった。それがこの聖杯戦争では死を侮辱するようなことだと言われても、
自分の生のために誰かの死を望むような、願うような、そんな覚悟はしたくない。
だからこそ自分は彼女に告げたのだ。この戦いに終わりを。多くの犠牲を伴わなければ辿り着けぬ高みを、そんな高み
など無くなってしまえと望むために目指す。
これは、自分の意思への反逆だ。
……そして、偽善にもならない。
座り込んだ床の上で壁に背を付け、膝を抱える。電脳世界ではあるが睡眠は取れるのだ。明日に備えた方がいい。自分
もサーヴァントも口数が多い方ではないと思うが、今日は話し込んでしまった。
もそもそと寝る体勢をとり、おやすみと呟いた自分に怪訝そうな視線が向けられる。どんな目で見られようと、言葉を
投げかけられようと、この葛藤を話すべきではない。自分でも理解できていないのだ。何だかんだと面倒見が良く頼もし
いサーヴァントにその考えを伝えたなら、きっと小言を貰うだろう。
ごめん。ぽつりと呟いた言葉はしっかりとその耳に届いたようで溜息が吐き出された。
「まったく、嫌になるな」
何が。と顔を伏せたまま問えば、もう寝るのだろう? と答えが返る。まったく最近のアーチャーは、死の淵でその背
に縋って数日、という頃と比べても、さらに素直さなどが失われている。
無理に聞くつもりは元から無い。そうかと声を返し、今度こそ本当に寝ようと瞼を下ろす。
「……お前とオレが、似ていて嫌になるよ、特にその頑固さがね、まあ、君の方が意固地なようだが」
ああ、そうか。自分は頑固で意固地か。そしてアーチャー、お前も頑固だと。ある意味似た者主従で相性はいいのでは
ないか。でも頑固同士だしなあ。
そんなことを考えている内に、睡魔はいつの間にか訪れる。うとうと舟を漕ぎ出す自分に、アーチャーが毛布代わりの
赤い布を投げて寄越した。
それなりの環境が約束されている校舎内で気温を気にする必要は無いが、それをぐるりと体に巻き付け膝に顔を埋める
。人工的な月明かりに照らされた、信頼できるサーヴァントと自分だけしか居ない静かな教室で、今日も気付かぬ内に眠
りにつく。
電脳は夢を見る。その魂に刻まれた瓦礫の山、屍の道、炎の海を。
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