朋友よ、これより始まる君の孤独を偲べば、
僕は泣かずにはいられない。

ひとりぼっちの王と剣-7










 最古の王が唯一隣に立つ事を許し、朋友とした存在。彼は粘土から生み出され人と成った存在でありながら、神の血を引く王の隣で背筋を伸ばし、凜とした立ち姿を見せていた。
 しかし、彼は神に創られた存在として触れてはならぬものに触れた。そのような事が神に許されるはずがない。呪いに喘ぎながら、彼は嘆いた。
 王は問う。何故泣くのか、王である我の傍に愚かしくも身を置いたことを、死に際のいまになって悔いるのか、と。 それは違うと、彼は答えた。

 この僕の亡き後に、誰が君を理解するのだ? 誰が君と共に歩むのだ?
 朋友よ、これより始まる君の孤独を偲べば、僕は泣かずにはいられない。

 これからも続いていく朋友の行き先を、孤独に涙を流しながら彼は息絶えた。王は、泥から生まれた存在でありながら何よりも尊かった彼の価値を証明する為に、唯一無二である自身の隣を永遠の空席とした。
 彼の最後を、王は英霊の座に招かれるまで忘れずに在った。元より忘却の叶わぬ存在、それは消えることの無い記憶となっている。
 王は知っている、彼は元は粘土から神が創り出した存在だ。しかし自身の宝物庫の中のどんな財宝と比べようと、彼がそれに見劣りする事は無いのだと。愚かにも半神の王の隣に並んだ人形。だが、彼の生き様は決して愚かなものではなかった。
 故に彼は最古にして最強の王の唯一の朋友で在り続ける。王が、他に朋友など不要と言うほどに。
 彼は、王が他者を振り払う手を、初めて握り締めた存在だった。



 夜の教会に佇む黄金は、死んでも忘れられないだろう。平行世界の誰かが別の光を忘れなかったように、言峰士郎もその輝きを忘れることなど出来はしない。
 赤い瞳が士郎を捕らえる。士郎の恐れる赤色だが、夜の教会を照らす月明かりの下では不思議とやわらかいものに見えた。しかし同時に士郎が理解できない異様な雰囲気を孕み、久しぶりの邂逅ということもあって士郎の足は教会の入り口で止まった。
 服装は見慣れぬものだが、金色の髪も最高級の宝石でも表せない瞳は変わらない。彫刻、作り物と言われた方が納得できる面立ちは、それでも強い気配により人間性を失う事がない。言峰士郎の王の姿。あのような事がありながら言峰士郎がいまだに捨て切れぬ、己の神の偶像。

 あのギルガメッシュが一つも言葉を零す事無く静かに士郎を見詰める。待たれているのだと察し、早く何か伝えなければと思いながらも上手く声が出ない。教え込まれた決まりと、まだ自分には待たれる価値があるのだという期待の狭間で心が揺れる。

「よい、発言を許す」

 呆れた色は無い声で、淡々とギルガメッシュは即座に判断を下した。士郎をそのように躾けたのはギルガメッシュ自身であるため、士郎が何を悩んでいるのかを察したのだ。
 発言は許された。だが、まずは何を話そう。話したい事など、数年顔を合わせていなかっただけで山ほどあるのだ。それこそ、子供が毎日親にその日一日の出来事を語って聞かせるように。
 士郎にとってギルガメッシュは間違い無く特別だ。しかし明確な関係性は二人の間には存在していない。酷く脆く、不確かな。そんなありもしない関係性が失われる事があれば、言峰士郎は息絶えるというだろうに。

「……前はごめんなさい、でも、やっぱりギルは俺の王様なんだ、俺の神様なんだ」

 怯えたように、しかしはっきりと告げられた、歪んではいるが偽りの無い真実の信仰の言葉。ギルガメッシュは以前のように士郎の言葉を切り捨てる気が無い。士郎は神様という表現をしてはいるが、その神様とは世間一般の神と一線を違えた存在だと気付いていた。
 士郎の神様の概念は最古の王ギルガメッシュが全てである。なので、士郎はギルガメッシュを神と称しているのだ。
 過去、士郎の価値観を妙な天秤にかけた事実を思い出しギルガメッシュは眉を寄せた。焼けた子供を見つけた時には、分かっていたのだ。もうこれは、壊れてしまっているものだと。色の無い瞳を、諦めに落ちる小さな手を。そして子供が吐き出したものを見て、傷口から覗く赤の世界に子供の行く先を知った。

「俺はギルに助けられたから、……いや、ギルに助けられたなら、俺はきっとそれが、必然だったんだと思う」

 綺礼がそう言っていた。と、言葉は続く。神父としては優秀でありながら他者に望まれる道から外れた男の言葉を違和感無く受け入れている辺り、義理ではあるが相性の悪い親子ではないのだろう。

「俺はギルに感謝してる。助けてくれてありがとうって思うからそれだけは言って、」
「……ふふ……ははははっ!! ……士郎? 貴様、何を違えている?」

 とても愉快だ。
 距離があろうと、士郎の体には癒えぬ傷としてギルガメッシュが刻み付けられている。ギルガメッシュの変化に、士郎は喉から音が出なくなる、出してはならぬと内臓が疼く。
 一挙一動、見逃してはならない。一音聞き逃してはならない。白く細い指先が、遠くに立つ士郎の輪郭を撫でるように空気を裂く。

「――生きたいのならば立ち上がれ、この悪意の中、己の存在を勝ち取り我に示して見せよ」
「……えっ?」
「後は、我が生かしてやろう」

 それは、■■士郎が黄金の王と交わした契約の言葉。
 あの赤の中でも見失うことの無いだろう気配。言葉を無条件に信じさせるだけの尊い輝き。

「助けられた? ……お前は存在を自分で勝ち取って見せたではないか。だから、我は貴様を生かしてやったのだ」

 ■■士郎は黄金の王の言葉に、確かに縋った。――自らの手で、王の手を取った。
 ――ではやはり、それは。

「……ギル……俺、殺しちゃったんだ、ギルはころしてないのに、おれ、自分で」

 助けられた■■士郎を、生かされた■■士郎を、言峰士郎は殺してしまった。大切に隠していた少年はもう思い出せなくなっている。この世のどこを探してもいない家族の事も殺してしまった。言峰士郎は欠けた部分に新たなものを与えられてばかりで、過去などひとつも有していない偽りだらけの存在だ。
 ギルガメッシュは士郎に憎いかと問うた。痛みに喘ぐのならば恨めと言った。だから、■■士郎は狂えなかった。恨まない、誰も恨まない、何も憎いなどと思わないと叫んで。それなのに、与えられた名で、少年を殺した。
 涙声で、まるで懺悔の様に音は紡がれていく。蜜の色の大きな瞳からこぼれる雫は甘くもなければ美しいとも言えない。それでも、真っ直ぐで純粋で、歪みに溢れたそれは愛しいと思える涙だ。

「にせものなんだ、俺は、きっと」
「……貴様は、自身で殺したとしても、まだ■■士郎であるのか。ならば、言峰士郎は偽者だろうな」
「えっと……」
「だが士郎よ、貴様は、もはや既に言峰士郎で、かつて■■士郎で在ったものだ」
「……うん」

 ギルガメッシュの言葉は声となって士郎へ届く。存在感がありながら静かで、雑踏の中でも見つけることが出来るだろう響き。久しぶりにこの音を聞いた、と、士郎は強張っていた体から力が抜けていくのを感じた。
 絶対的な力を持つ王の囁きは甘く冷たく。真実の信仰と危うい執着、王は、それを良しとするのかと士郎に問うた。

「貴様はいつか、その信仰を孕んで死ぬだろう」
「良い、俺は選んだんだ、一人だけ生き残って、殺して、それでも俺が選んだんだ」

 信仰を抱いて、呼吸すら必要としない存在になる覚悟があるというのなら。
 言峰士郎の心臓を指差して、高らかに王は謳った。

「言峰士郎は贋作等ではない、我が『新しい名をやろう』と言ったのを忘れたのか?」
「……忘れて、ない」

 どこまで現実であったのか思い出せぬ記憶。
 それでも確かに、夢か誠か分からぬ言葉が、己の存在の在り方に悩み苦しんでいた■■士郎を掬い上げた。

「ならば何を悩む、我が名をやったのだぞ? 誇るが良い。自身の事を贋作等だと考える前に――貴様は、言峰士郎として真実に成ればよい」

 ――与えられたその言葉は、■■士郎を掬い上げた代わりに地に落とされた、
 ――言峰士郎さえも、掬い上げてみせた。
 見開かれる瞳に零れ落ちる涙。白い手が士郎を招く。
 一歩、二歩と歩を進めて手を重ねれば、赤がそれは愉快そうに細められる。痛む傷の赤色が、とても優しくあたたかな色に見える。
 繋いだのとは逆の手で士郎の首筋を、ギルガメッシュは士郎の体に残る炎の痕を撫でながら言った。

「案ずるな、■■士郎は原典とし、我が抱えて置いてやろう」
「ぎ、ぎる……おれ、」
「まったくみーみーと泣くでないわ! ……そうだな、貴様が唯一として大成するのならば、連れて行ってやらぬことも無い」

 許しの言葉に、士郎は再び涙を多く零すことになった。

「ギル、おれ、俺、進む道も決めたんだ」
「……士郎、我の名を気安く呼ぶでないと何度言わせるつもりだ」
「うっ……王様」
「まあ良い、今宵だけはそれも許してやろう」

 それが好ましいかは別として、話題だけは沢山ある。一晩語っても語り尽くせはしないだろう。
 黄金の王と一式の武装は互いに背を向けながら同じ場所に立って終わりへ向かう。言峰士郎にとっては、ここからが始まり。
 ――これは長くは無い、王と剣の物語である。


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