現代パラレル。










「ティルは食べるだろうけど、ジョウイも年越し蕎麦食べる?」
「あ、はい。いただきます」
「僕ラズロの年越し蕎麦食べるの初めてなんだけど、なんでそうやって当たり前みたいな顔するの」
「食べないの?」
「食べるけど」

 暖房器具は炬燵だけ。古く薄い壁からはひんやりとした空気が伝わり、すきま風が寒い築数十年のアパートの一室。セーターを着て半纏までがっちりと身に纏ったラズロと比べ、ティルとジョウイは薄着であった。
 テレビも何もない部屋なので自然と炬燵とセットの蜜柑へと手が伸び、上手く皮が剥けないというティルにジョウイが蜜柑の皮を剥いてやるという普段の二人を考えればどうしてそうなったのかよく分からないサイクルができていた。
 アパートが建てられた頃を思えば小さくも立派なキッチンでラズロは三人分の蕎麦を茹でる。ラズロは年末、大抵はテッドと二人で過ごすことになるのだが今年はどうやら様々な人間の予定が狂ったらしい。
 お坊っちゃん二人の口に合えば良いのだけど。そう思い、ラズロは例年よりも少し具を豪華にする。

「テッドは何時頃に帰ってくるって言ってた?」
「うーん、二時過ぎには帰ってきたいと言っていたけれど、年越しバイトだからどうだろうね。リオウくんとナナミちゃんは今頃ファレナかな」
「ジョウイ、彼女はよかったの? あの黒髪美人」
「うっ……その、一緒に初詣に行こうって約束はしています……」
「良いなー、ジョウイはこの寒いアパートの一室に僕とラズロを二人きりにするつもりなんだ……」
「ティル、なんで今日はそんなに噛みついてくるの」

 カタンと小さく音を立て置かれた丼から、あたたかそうな湯気と美味しそうな匂いが立ち上る。ティルは今後ラズロと二人きりで部屋に取り残される未来を憂い炬燵の天板に突っ伏していたが、そのぬくもりと香りを待っていましたとばかりに復活した。

「年末にラズロと一緒だったことってないし、家族と離れて年を越すのも初めてだし。テッドもいないし、どこに身を置いたら良いのかよく分かってないのかも」
「確かにあまり揃うメンバーでもありませんしね……」
「うちとテッドの部屋の合鍵持ってる子がなに言ってるの」

 ラズロの合鍵発言に「え、そうなんだ」と驚くのはジョウイだけで、ティルは綺麗な動作でいただきますと頭を下げ、ラズロはめしあがれと答えた。ジョウイも慌ていただきますと箸を取る。
 出来立ての年越し蕎麦はあたたかく、炬燵に入っているとはいえすきま風で冷えた体にとても優しい。

「ラズロ、僕たちに出すからってちょっと贅沢したでしょ」
「本当はね、帰ってきたテッドにうどんでも作って入れてあげようと思っていたんだよ」
「え、良いんですかそんなものを食べてしまって」
「ただのスーパーで売ってる海老天だよ」
「テッドには黙っておこう」
「ティルってテッドに対しては結構そういうところあるよね」

 ティルとジョウイはずるずると音を立て蕎麦をすすりながら、それでも育ちの良さがにじみ出る。もくもくと丼を空にするために蕎麦をすする二人など見たことがなかったラズロは年を越す前から少し新鮮な気持ちだった。
 やっぱりグレミオが作ってくれるものとは味が違うねと言ったティルに続き、ジョウイもリオウが作ったものとも違いますと言葉を重ねる。群島とテッドが合わさった味だよ、とラズロが答えれば、ティルは首を傾げた。

「テッド?」
「幼い頃にね、作ってもらったんだって。ネギいっぱいの年越し蕎麦」
「ああ、だからネギがこんなに……薬味のネギは心和らげる労ぐとか、神職の祢宜の言葉に掛けた語呂合わせなんて言われていますしね」
「……テッドって僕とか家族の前ではそういう話あんまりしないのに」
「それは君達が家族だからこそだよ。私とテッドはその、なんとなく何をこぼしても良い相手程度の立場にいるだけで」
「無い物ねだりだとは分かってるよ」

 はあ、と大晦日の夜に深い溜息を吐き、テッドが帰ってきたらテッド自身の話をねだろうとティルは決めた。ラズロの言葉を借りるなら、きっと自分は親友であり家族だからこそそんな話をねだれるのだと信じきって。

「……リオウもあまり、昔の話しはしません」
「聞いてみたら良いよ、二人は僕とテッドみたいなものでしょ」
「誰も彼もが君達のような友人関係を築けると思わない方がいいよティル。君の清さと正論は凶器みたいなものだから」

 何故この人たちは共に年を越そうとしているのだろうか。ジョウイは純粋に不思議に思った。同時に、何故自分もここにいるのだろうかと考える。しかしまあ、一年、二年はこんな大晦日があっても良いだろう。

 ごちそうさまでした。と重なる声。成長期のティルがおかわりをねだる声にラズロはめずらしくあきれたような言葉を溢し、ジョウイは蜜柑の皮剥きを再開した。
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