2から数年後の坊と4。










 深い海の青色が瞬いた。潮騒の音が懐かしいと、濡れた砂浜の色をした髪を海風になびかせて少年は微笑む。どこまでも穏やかなその表情は、人々が笑い合う世界から線を一本違えていた。歴史の狭間に消えた英雄。狭間にすら、彼は存在していないのかもしれない。
 君も同じようなものだろう? と首を傾げた彼に、ティルは眉を寄せた。いっそ、どうしてこれほど綺麗に彼の存在が消えているのか聞いてしまいたかった。それでも、そんな嫌味に似た我儘な態度をティルは取る事ができない。それを見て、育ちが良いね、と彼は笑うのだけれど。
 覚えているよ。と彼は言う。この道はそのままなんだと彼が辿るのは百五十年前の世界だ。ティルは自身が先にも進めず戻れもしない甘えただと考えているが、実際に足を止めてしまっているのはラズロの方だった。ティルはまだ数年、ということもあるが、しっかりと足を動かしていた。
 そんなラズロもかつての同胞が愛した天魁の星を見て、変わってしまった世界を見て、やっと違えていた線に戻ってきたのだ。それが私達の墓でも構わないから会いに来てと乞われていた事も思い出した。逃げたくせに、百年以上も止まったままで。
 紋章持ちの思春期ってやつかな。とラズロは珍しく深い溜息を吐いた。怪訝そうな視線を向けてくるティルに近付いて、形の良い頭をぐりぐりと撫でてやる。指の間をすり抜けていく真っ直ぐな黒髪に、処分してくれと渡された物を思い出す。とある戦場で、それは解放軍の軍主の証だった。
 ぼろぼろに擦り切れた赤い紐は今もラズロの剣の柄に固く縛られている。刺繍された龍などもはや判別できない状態だが、どうしても捨てられずにいる。いつか望まれる時がくるかもしれないと、若葉に鮮やかな紫のそれをラズロは所持したままだった。
 どうにもラズロを受け入れられないらしいティルは、それでもラズロを拒絶したり邪険に扱ったりはしなかった。信用はしていないが信頼している。滲む甘えと嫌悪に思い出したのは優しい淡い雪の色。足して割ったら良さそうだなという考えを、ラズロは心の奥に隠している。
 行く先も決まっていない、戻る場所などない。そんな旅をあと何年続けて、どうなるのかなどティルにもラズロにも分からなかった。関係は決して良好とは言えず、しかし不快ではない。互いに頼り、甘え、その事実を嫌悪しながらここまで共にあった。

「ではここで、今までありがとうございました」
「また会う事があれば」

 真っ直ぐに見詰め合っていた大地と海を離す事に抵抗は無かった。何故そういう話になったのか、など些細な事だ。ただ何となく、どちらかが三百を数えた頃に水晶の谷で会うだろうという予感があった。


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テーマ「人外ファンタジー」
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