坊と4の太陽暦500年前頃









 何だか酷く不快な気分だ。めずらしく拗ねたような態度で呟いた青年に、少年は怪訝な視線を向けた。作り物の笑顔の下に本心を隠して百を越える年月を生きてきた青年は普段からよく分からない存在だが、少なくとも理由無く機嫌を損ねてしまうほど若く無い。

「グレミオ」

 少年からの呼び掛けに、青年は「何かなスノウ」と何でもないような笑顔を作って答えた。大雑把に計算して二百年ほど昔、青年がその雪の名前を呼ぶ時は表情無く、感情の読まれにくい声音を作っていた。時の流れとは恐ろしい、私が愛想笑いを覚えてしまうのだから。そう言って青年は溜息を吐いた。本当に珍しい。

「貴方が不快な思いをするのは好ましくない、他の名前を考える?」
「この名前で良いよ、この名前が良い」

 戯れのように優しくて柔らかい場所を抉り合って、愚かだね私達はと青年は言うが、その表情は明るい。変化の無い毎日、死に怯える日々。熱く赤く流れる血で生を思い死を思い、そうして二人で在る事に安心するのだ。

「君と何かを交わした人は、これからも死んでいくだろうね」
「そうだね。貴方のようになるには、この先ずっと百五十年足りない。僕は甘いから、それでも足りないと思う」
「君は、きっと後悔なんてしないし交わしたものを誇るだろう。私は君の真っ直ぐな姿が妬ましくて年々卑屈になるばかりだよ」
「僕は、貴方の立ち姿を美しいものだと思っている。僕が眩しく思うものを自分で汚すのはやめてほしい」
「ああもう、君は本当に王者気質というか……」

 困ったような、呆れたような。少年が見慣れた青年のいつも通りの表情は、ずっと昔はいつも通りではなかった。同じように、少年の家族も親友も見た事がなかった(見れるはずなどなかった)表情を、少年は顔に浮かべて笑った。子供の無邪気さと人を従わせる暴君の雰囲気に、年老いた者の諦めと落ち着きを混ぜて。
 人間に与えられる一生を過ぎた青年は、それでも未だに成長し、生きている。ならば人の限界とは、生と死とは何であるのか。生と死を抱えた少年ですらその疑問に対する答えを持たない。それならば私に分かるはずがない、と青年は言った。
 罰を抱えた青年が与えるのは裁きではない、許しと償いだ。それが必要となるのは、生と死の審判を越えた先。だからそれまで共にあろう、と。

「スノウ、あと一日歩けば町に着く。君が探す彼の真実も、見つかるかもしれない」
「うん。でもグレミオ、僕は少し寄り道をして、昔みたいに二人で星空を眺めるのも良いと思うんだ」

 先は長いのだから。そう言って、遠い昔の甘くあたたかな蜂蜜色を思い出す笑顔を見せた少年に、それは素敵だねと青年も笑った。


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