「お前は、もう少し寝てろって言われただろ」
「だって落ち着かない。それに俺の見張り当番は誰かが代わっているはずだろう?」
「……俺だよ」
「……ごめん」
まさかテッドが代わりをしているなど、考えてもいなかった。
しかしよく考えればテッドの主な仕事は交易だなんだと出歩く困った軍主の護衛だ。その軍主が船に閉じ込められているとなると、テッドの仕事は激減する。
普段のテッドの性格からそういった協力が思い浮かばなかっただけで、妥当な人選なのだろう。
「……すぐに謝るんだな」
「うん、そうだね」
「自覚はあるのか」
「ごめん」
テッドは小さく溜息を吐き、ラズロから視線を外す。
どうやら見逃してくれるらしいと判断し、ラズロは弓矢を背に背負い甲板で海を眺めるテッドの足元に大人しく腰を下ろした。
心配そうな声で軍主を呼ぶニコに他の人にはできる範囲で誤魔化しておいてと身振り手振りで伝え、それからやっとラズロは数日振りに海の青を見た。
やはり、あそこが帰る場所なのだと安心する。
ほっと息を吐けば、眉間に皺を寄せたテッドがラズロに視線を戻した。
「……軍主が、そんなことでいいのか?」
「俺は、お飾りだからね」
「死にたかったのか」
「それは、」
無いと思う。最後は海に帰るのだと強く願うが、死にたいわけではない。ラズロの姿は他人から見れば死に急いでいるようにしか見えないが、本人にそんなつもりはないのだ。
決して負けないと思いながらも、死を意識する。罰に殺されると思いながらも、その強大な力を開放する。
全ては、おそらく守るために。
「その中に、自分を入れてないんだな」
「自分を守る必要性を感じない。あえて言うなら、これは自分に対する絶対的な自信なんだろう。それと、俺が死んだら苦しむ人が、死ぬ人がいるから気をつけているだけで」
「その考えは捨てた方がいい。実力については自信過剰だと言わないが、ここで誰かを庇って死んだって、責めも罵りもするだろうが誰もあんたを褒めはしない」
「知っているよ。でも何で自分がと、思わずにはいられない」
「いまにも自分で自分を殺してしまいそうな馬鹿な奴を、守る方のことも考えろよ」
あんなに愛されているのに。逃げることも、もしかしたら可能かもしれないのに。この状況から逃げても、共に居てくれる友がいるだろうに。
だが、ラズロはとても強い人間だから。何かを犠牲にして、逃げて、自分を守るなんてことは絶対にしない。
しかしそれは逆に、守るものに、何かに縋っていないと自分というものを保てないということではないのか。
それを損な性格と呆れるべきか、どうしようもない奴だと憐れむべきか。結局自分が一番大事なのでは、と憤りを覚えるべきか。
そのどれも、いまのラズロに向ける感情としては相応しくない気がする。
テッドはきょとんと首を傾げるラズロの穏やかな青の瞳を苦々しい表情で見詰め、それから吐き出すように、一文字一文字大切だと言うかのように言葉を紡ぐ。
「あんたは、自分が死んだら誰が泣くのかもっとよく考えて、理解するべきだ!」
テッドの思わぬ激情にラズロは驚きながらも、その表情を見て冷静に言葉を返す。
「……テッドは、俺が死んで灰になったら、泣いてくれる?」
「誰がお前みたいな性悪のために泣いてやるか」
「だって、いまにも泣きそうな顔をしているから」
「そんなお前を守ろうって頑張ってる奴等が不憫だと思ったんだよ」
どこまでも、人は愚かだ。
少しくらい。幸せになろうと望むことくらい。許されるのではないだろうか。
「……ありがとうテッド。俺は、そんな言葉だけで、死んでいいとさえ思えるんだ」
幸せなんだよと浮かべられた微笑みは、何かが欠けていて。強い意志を秘めながらも、何もかも諦めたような色があって。
「本当に、馬鹿だ、お前は」
テッドが口の端を微かに上げて見せた笑みは、微笑みといえるかどうかも判断できないような、どうしようもなくぎこちないものだった。
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