予想外の冷たい風に身を縮めれば、手を引く人間が小さく笑った。
ふっとこぼれ出るような笑みはその人間にしてはめずらしく、視線を向ければ恥ずかしくなったのか顔をそらされる。
誤魔化すようにこっちだよ、と導かれた先は船首だった。

群島は基本温暖だ。それでも海から吹く風は冷たい。
群島で海を見た瞬間あの霧の船に乗ってしまったも同然だが、それは知識として得ていた。そして青が霧を裂いた日から、再び太陽に照らされたときから実際に感じてもいた。
普段は部屋に閉じ篭っているので自信はないが、群島の風が冷たいと思ったのは初めてだと思う。
感じたことをそのまま伝えようと口を開けば、いきなり強く吹いた冷たい風が手を引く人間の砂色の髪を揺らす。太陽に照らされたその色に、一瞬目を奪われた。
光を受け鈍く金色に輝く髪に、深い青の瞳。テッドは、ラズロの容姿が嫌いではない。

「……普段は、ここには近づかないのだけど、テッドには一度見せておきたくて」

風の合流地点。
テッドはラズロを筆頭とした者たちのように風を読めるわけではない。風というものが目に見えるわけがない。だが目に見えずとも、その流れを感じられる場所。

「ここは風が合流して消滅するか、混ざり合い再び別の海原を走り出す場所だと思っていたんだ」
「そうじゃないのか」
「テッドは風がどこから生まれるか、知っている?」
「知らない、というよりも、どこからと言えるものじゃないだろう、あれは条件が重なって生まれるものだ」

いつも通り、何を考えているのかわからないふわりとした笑みを浮かべ、ラズロはただ青いだけの海を指差した。
風の合流地点。どこで生まれたのかわからぬ風が世界を旅し、巡り会う場所。

「ふと思ったんだ、ここは始まりなんじゃないかと」
「……は?」
「もしかして、ここから風が、生まれるのかな、と、その、前向きに考えてみて、思ったのだけど……」
「……ちょっと睨んだくらいで自信なくすなよ」
「幻想だって、わかっているから」
「群島の人間はお伽噺が好きだな」
「そう、かな……そうだね、できれば、始まりであり通過点であってほしい」

ここが旅の途中であろうと始まりであろうとテッドには関係のないことだ。
ただ、ただ青いだけの海と空を見つめる青の瞳の光に、惹かれただけ。あの時もそうだった。霧と闇を裂くほど強い光を秘めた瞳が、記憶の中で擦りきれてしまった人にどうしようもなく似ていたから。
どうしてだと思う? と楽しそうに問いかけてきたラズロに形だけあきれたような反応を返し、内心少しの期待をこめてどうしてだよと問う。

「始まりであればテッドに声を届けられるし、通過点であれば返事を貰えるじゃないか」

風の声がわかればだけど。そう楽しそうに笑ったラズロに、まず風に声があることは確かなのか、それよりお前は何を考えてるんだと言葉が浮かぶ。しかし、そのどれかを口にする前に。
太陽の光が反射し輝く海があまりに眩しく、テッドは右の手のひらで視界を覆った。


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