赤と黒。渦を巻いて。
 人の声か、悲鳴か、あるいは。

 普通の睡眠で罰に取り込まれ見る夢は、ただ知らぬ人が流れ過ぎ去っていくのを見るだけだが、紋章の力を使い倒れた後の夢は違う。
 今まで罰の中で斬ってきた人々は、解放を求め自身の前に現れるのだと思っていた。

「……さあ……くるがいい」

 その人は、ラズロも見知った、父親というのはこんなものなのだろうかとまで思った人は、
「お前の力で……俺を、倒してみせろ」

 ラズロに解放ではなく、戦いを望んだ。

 彼と最後に剣を交えたのは平和で、穏やかな日々の中。何も変わらぬと信じていた、このままの日々が続けばいいと呟いた青年のために死ねたらと思えた日。
 剣が鞘を滑る音がして、いつも通り両手に剣を握る。彼に双剣で戦う姿を見せるのは初めてだろうか。意識は、はっきりしているのに。どこか夢心地な自分がそう思うのをラズロは感じた。
 睨み合い、一気に踏み込む。それでも彼は動かない。そこで、これもいつもの夢と同じなのだと気づいた。
 意識せずとも無意識に鎧の隙間を狙い剣を捻り込む。肉を抉る感触。しかし、血が流れ出ることは無い。彼は一歩も動かなかった。剣を振るうことも、ラズロの刃をはじくこともなく。
 それが、とても悲しかった。
 彼は、こんなに弱くは無かった。ラズロの剣を身に沈めるような人ではなかった。
 剣が貫通したのを確認してから、ラズロは剣を一気に引き抜き後退する。ずるりと、液体を纏い抜けたはずの剣はまったく汚れていない。
 困惑で揺らぐラズロと、彼はその空間で初めて視線を合わせた。彼は、ほんの少しだけ口元に笑みを浮かべる。

「ラズロ……強くなった……」

 そうして彼は灰になり、砂のように崩れ、
 伸ばした手が、届くことは無かった。





 目が覚め一番初めに、あの団長の最後の言葉は自身の妄想が生み出したのではないかとラズロは考えた。
 その考えを、手を抜いてはいたが自分を看病してくれていた少年に話してみたところで答えが得られるはずもなく。
「お前がその紋章に何を見てるのかなんて、俺にはわからない」
「うん……、そうだね」
 とても悲しい夢だった。とても、優しい夢だった。
「テッド」
「……何だ」
 普段は返事など返してくれない少年が、一応気遣っているのか言葉を返したことにラズロは小さく微笑んだ。そんな思考の片隅で今後の予定を組み立て、航路を決定する。
「特に戦況に変わりはない?」
「ない」
「それじゃあ……、まずはオベルの安定かな。解放されたばかりだし、足りない物もあるだろう。それからいつ何があってもいいようにビッキーに頼んで資金集めに交易を、それから、あ、流石に少し苦しい」
 話せば話すほどテッドの顔が歪むのには気づいていただろうに。それを無視して話し続けるラズロの言葉と呼吸を奪うかのように、テッドは濡れたタオルをラズロの顔に押し付けた。
「お前は暫く寝てろ。……医者、呼んでくる」
 逆らうな。そんな強さが込められた言葉にラズロは呼吸を奪うタオルを自分で畳み直して額に乗せ、小さく頷いた。

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