海が赤く染まる。揺らめく炎はすぐそこにまで迫っており、逃げたとして残されるのは守るべき国と民。逃げられるはずも無い。
「あれは、貴方の言う総督の私掠艦隊であり、作戦には関係ないのですね」
 黙秘を貫く敵将から言葉を得ようなどとは思わない。返事がいらないことを聞いたのは、覚悟をする時間が欲しかったからだ。
「ラズロ、あそこに罰の紋章を」
「待ってよ! そんなことさせない! させられないよ!」
「そ、そうだよ、だめだよ!だめ!」
「ジュエル、チープー、下がれ」
 いざ、使えと言われると足が竦む。死ぬことは怖くない。それで守れるものがあるのならば。怖いのは、紋章を使った後に見る夢だ。
 エレノアの言葉に否定の声を上げたジュエルとチープーにラズロは冷たい声で命令を下す。今まで聞いたことのないようなラズロの声に、二人は小さく肩を揺らした。
「ラズロ……」
 静かな声は、今まで一度もラズロの行いを否定も肯定もしなかったが、常にラズロの味方であったエルフの少女のものだ。
「なあ、紋章砲で沈めることはできないのか?」
「あの船は元からこちらを巻き込むつもりだ、どんな攻撃を受けようと止まりはしない。何を積み込んでいるかも分からないんだ、紋章砲を撃つには相手に近づかなければならない」
「だからって……だからってラズロを犠牲にするなんて……!」
「今から他の軍師を雇うかい? その場合紋章を恐れるものは今すぐ逃げな、誰も止めはしない」
 最悪の可能性を考え、その時一番有効な手段を考える。最低限の犠牲で場を乗り切る。ここにくるまでに、何人死んでいったのか。
 使えるものは、何でも使う。それは、ラズロの意思でもあり。自分の分も泥を被るようなエレノアの言葉に謝罪と感謝をし、それでいいのだと言い聞かせラズロは船首へと躍り出た。
 少し視線を向けただけで心配そうな表情の友人達が視界に入る。紋章砲で沈めることはできないのかと言ったタルは、悔しそうに俯いて拳を握り締めていた。
 それに安心しながらも、これでは駄目だとすぐに燃え盛る船に視線を戻し、睨みつける。
 微かにだが背後に強い紋章の気配を感じて、嫌な音を立てる心臓が落ち着いていく。大丈夫だと自分に言い聞かせて、ラズロは左手を握り締める。
 艦隊を吹き飛ばすにはとても強い力が必要だ。これでは足りない、足りないと力を込めるに連れ紋章はじりじりと焼けるような熱を発する。しかし、魔力が、命が。紋章に吸い上げられていく感覚に左手は冷えていく。
 普通の紋章ならば取り込み制御できる量ではない魔力を吸い取りながら、それでも真の紋章は魔力を欲しがり悲鳴を上げる。
 これ以上は自分が持たないと悟った瞬間、ラズロは左手を掲げた。



「我が真なる罰の紋章よ……!」



 赤い光が海と空を引き裂くような光景。断末魔のような音が空気を震わせ、燃え盛る船を焼き払う。
 焼き払う、のではないのかもしれない。赤い光は刃となって、船を切り裂いているのではないか。
 圧倒的な力にテッドは瞬きも忘れ、思わずその光景に見入った。
 終わりは唐突に訪れ、赤い光は徐々に拡散し消えていく。切り裂かれた船は跡形も残らず、灰となり風に流れた。
 ただ目に痛い鮮やかな青が広がり、その中で佇む黒と赤を身に纏う少年の体がぐらりと傾き甲板へ吸い込まれるように倒れるまで、テッドは動けずにいた。

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