「テッド、紋章砲へ」
 そう言った時のラズロは軍主の顔をしていたのに、やはり今にも泣きだしそうだった。



 二人の間にいったい何があったのか、テッドは知らない。知っているのは、まだラズロが騎士団に所属していた頃に何かがあったということだけだ。
 ラズロの殺意のような、執着のような想いが向けられた先。霧の船の中で聞いた命を捨てることすらできたという人間を、その時テッドは初めて認識した。

 たった一つの属性の紋章砲しか持たず、海賊キカの様な力ある海賊でもなく。クールークと戦う戦艦であるこの船に、どうして戦いなど挑んだのか。
 それはテッドに考えられる次元の話ではないが、無謀だということだけは分かるだろうに。
 拘束されラズロの前に突き出された人間は、名前の通り、綺麗な雪のような髪色の青年だった。

「ラズロ……」
 ジュエルの不安に満ちた声も、今のラズロには届かない。ラズロの神経は全て、拘束され目の前で膝を折る青年に向けられていた。
「……」
 青年の名前を呼ぶことにさえも躊躇いを訴える体に、ラズロは戸惑う。
 もう、二度と会うことはないだろうと思っていた。かつての親友。
「……スノウ」
 強く手を握り締めることで情けなく震える体に力を入れ、ラズロは愛しくも憎く、懐かしい音を紡ぐ。無意識に、再びその名を呼べたことに喜び感じる自分と、寂しさを感じる自分に溺れてしまいそうで。
 ゆっくり、小さく一つ息を吸い、頭の中で組み立てた言葉を吐き出す。二度と、会わないと思っていた。だからこそ、言うことができた言葉だった。
「仲間に、ならないか」
 間は、ほんの数秒。青年は視線をラズロからそらし、甲板へと向ける。こぼれ出た青年の言葉は、しなくてもいい決意をラズロにさせるのに十分な力を持っていた。
「僕は……君に協力する気持ちには、なれないんだ」
「……そう」
 たった、それだけ。親友とまで呼び合った人間との会話が、たったそれだけ。分かっていたことだ。ラズロがどんなに青年のことを好きでも、その関係は歪んでいた。
 次は、きっと無い。そう考えてからラズロは小船とオール、少量の食料と薬の準備を船員に命じた。



 どうしてここまで違う道を進んでいるのか、何故争わなければいけないのか。
 小船の上から睨み上げてくる青年を少しでも哀れんだ自分は、過去、彼の為に死ねるとすら思えた人間だったのに。

「ラズロ、何故君の周りにはそんなに人が集まるんだ」

 青年は変わらない。きっと、手を離されたあの時から。
 空回りしてしまう優しさも、嫉妬も。全てが青年の中に元から存在した。

「僕の周りからは……人が去っていく」

 問い掛けるわけでもなく、事実を述べたような言葉に返すものを、ラズロは思いつかない。
 そうしている間にも小船は流れ遠ざかる。もう二度と、会うことはないだろう。

 ――もし、再び会うようなことがあるのなら、その時は――、

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