俺達を生かすって事は、他の奴は、生かさない?

 絶望したように吐き出された声に、ラズロは奥歯を噛み締めた。
 霧深き谷を進み、先に在るはエルフの里。聖なる大木に護られし神聖な地。
 そこに無断で踏み入り、禁を犯した罰がこれだというのか。
 行く手を阻む檻の壁を握り締め、最悪の状況から考えていく。言い放たれた言葉をそのまま受け入れるなら、それはつまり、

「ラズロ!?」
「何するつもりだ?」
 ラズロは突然右足を引き、双剣を鞘から抜いた。リノが叫び、ケネスが戸惑いの声を上げる。剣を取ったその背から感じたのは、思わず息が詰まるほどの強い感情。
 その感情は、ただ自身の内側に向けられていた。
「斬る」
「……無茶だ」
 ラズロは基本的に従順で滅多に自分というものを主張しない。軍主でありながらも、だ。しかし、時にラズロは誰よりも衝動的な行動に出る。
 ラズロの動きに唖然としていたテッドだが、物騒な言葉を聞いて現実に引き戻された。テッドの言葉にリノとケネスが慌てたように頷くが、ラズロの自分自身に向けられた殺気は消えることがない。
「落ち着けよ、いま、一番冷静でいなきゃいけないのは誰だ?」
 これで剣が刃こぼれでもしたらどうするのか。いざという時、何が彼の身を守るのか。
 ラズロは軍主である。しかし、短い時の中、敵を退けるために戦う自身よりも、国にとって長い時の流れに必要な存在、王であるリノを守る。そんなラズロを守るのがケネスやテッドの役目、なのだが。
 ラズロは、誰にも背を預けない。その身を守るのは二振りの剣のみ。絶対の信頼を寄せるその剣を、自ら傷つけるようなことをしようなどと。それだけの苛立ちが、確かに今、ラズロの中には存在していた。
 軍主としての責任。そして自分達を生かすためにエルフの長の言葉が示す未来を招いた罪。
 オベル王であるリノを生かすためと言い訳できるほどラズロは強い人間ではなかった。近く朽ちる命を守るために、いったい何を差し出してしまったのか。
 自分達がしていることは何か、死に溢れた戦争ではないか。たった四人の命ために、どれだけの命を奪う選択をした?

 口の中に鉄の味が広がり、さらに追い詰められていく。血が流れる。たくさんの血が。
「……下がれ」
 どこか神妙なテッドの声に、ラズロは視線だけをテッドに向けた。赤の炎よりも冷たそうに見えて、それ以上の熱を持って燃え盛る青い炎のような瞳にケネスとリノが息を呑む。
 テッドは、息を呑むようなことも、視線をそらすようなこともなかった。
「下がれ、俺が紋章で壊してやる」
「貴方の魔力は、この牢を脱出した後にとても重要だ」
「お前の剣の方が大事だ、……何を考えてるのか表面しか分からないけどな、軍主と王が殺されたなんてことになったら、どれだけ軍の士気が落ちると思う?」
 冷静になれ。もう一度、よく考えてみろ。そう、言葉の裏に隠されて言われたが、その言葉に自分の存在が含まれていただけでラズロは納得できない。自身の価値を低く見る人間を上に据えたが故の障害だ。
 青と琥珀が絡み、じっと睨み合う。
 どちらも引かず、譲らず。

 張り詰めた空気を破ったのは、死の臭いを纏って駆けてくる足音だった。

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