果ての見えない海を見た時、まず感じたのは恐怖だった。
はじめて見た海は霧に包まれていて、本で見たような青は見えない。空よりも湖よりも深い青、というのはどんなものだろうかと思っていたのに。
果ても先も見えない海は、今までの長い旅路を思い出させる。忘れたことなど一度も無かったが、遠く長く、辛い旅であったことだけは鮮明だ。
いくら時間を重ねようと小さな子供のままの体。何から逃げればいいのか分からない旅。その紋章は誰にも見せてはいけないよ。君はこれから一人で長い時を生きなければいけないと言った人がいたから、ここまで生きてきた。
連れて行ってと願った自分に、その人がどんな顔をしていたか。テッドは思い出せない。
ただ、また必ず会えるからとその人が少し寂しそうに笑ったということだけは、状況として憶えている。
海が見てみたかった。青く広がる空と海、一面の青。絵本の中で見た未知の世界。
その海は、テッドを霧へと迎え入れた。
運命だったのか。必然だったのか。しかし選んだのは自分だということだけは確かで。
百五十年という時の中で、テッドは右手に宿る紋章がどんなものなのかを理解していた。
そこはひやりとしていて、とても寒くて。それでも凍死する寒さではなく、食料も無いのに餓死することが無い世界。紋章を手放してから体は徐々に成長していたが、その歪んだ世界で腹が減るということは無かった。
また必ず会えると言ってくれた人を捨てるような道に悩み、このまま普通の人のようにゆっくりと朽ちていけることに疑問を抱くこともあった。しかし、テッドは何よりも疲れていて。
人と関われば、その人は死んでしまう。親しくなった人の命を欲しがり奪う紋章。最低だと思っていても、何の為に生きているのかと思うこともあった。
その紋章は呪いであったが、形見でもあったから。自分の右手を握って、必ず会えるからと言った人の目がとても強かったことを憶えているから。
それでも、長い生の中の絶望は消えることが無く。
何故こんな呪いの紋章を受け継ぐことになったのか。駄目だ駄目だと思っても考えてしまう。
ここで終わりなのかと思っていた。あの人に会えないまま自分はここで終わるのかと。
あの日、霧を青が切り裂くまでは。
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