テーブルの上にあるのは少し冷めてしまった紅茶に、食べかけの茶菓子。
目を見開いて唖然としているラズロに、そんな顔をさせる原因になったファルーシュはただ微笑んでいた。

「そんなに驚かなくてもいいと思いますよ?」
「驚くだろう……」
「ただラズロ兄さんが、恋愛、と言う枠の中の存在として好きだって言っただけですよ」
「……冗談? いや、これで嫌いといわれても困るのだけど」
「嘘じゃありませんよ、好きで……あ、もしかして嘘かも」
「え?」
混乱ここに極まったと言うようにラズロは瞬きを繰り返す。結局どっちなんだと口に出そうと思って、これで本当に嫌いと言われたら立ち直れない気がすると開きかけた口を閉じた。
ファルーシュが小さな頃からずっと傍で成長を見守ってきた身として、ラズロにとってファルーシュは弟のような、実際の年齢差を考えるなら曾孫のようなものだ。可愛いに決まっている。
孫に嫌いと言われて立ち直れないじい様。見た目は十代後半くらいにしか見えないラズロがそんなことを考えているだなんて、本当に一部の人間しか気づかないだろう。
そんなラズロの少し強張った声音に、ファルーシュは母親譲りの綺麗な顔に育ちの良さが感じられる笑みを浮かべた。そうして笑ってしまうと少女のようだが、生まれ持った性とその身に流れる群島の血はやがてファルーシュを父親のようにたくましく男らしく成長させるだろう。
現在のその姿を利用するような賢さもあるので、もしかすると父親よりもたくましく育つかもしれない。顔と同じく母親譲りであろう性格に、女性はやはり強いと思った。
「それで……何が嘘かもしれない?」
「ラズロ兄さんを好きってことがです」
正面から言われるとその真意が分からずとも傷を受けるものだ。少し傷ついたような表情のラズロからファルーシュは目をそらすことも無く、面白いといった態度を隠すこともなかった。
「紅茶、冷めてしまいましたね」
「……そうだね」
確かにファルーシュは可愛い子供だが、これは将来とんでもない曲者になりそうだとラズロは溜息を吐いた。こんなに悩まされたのは遠い昔、まだ自身も幼かった頃、同じく幼い彼の相手をしていた時まで溯ることになるかもしれないと思う。
彼に感じたものとはまったく違う困惑だが、大変だと思っても何だかんだ相手が好きで世話を焼いてしまうところはあのときの状況とそっくりだ。
そして彼と同じ銀色の髪。少し昔を思い出して感情が揺れた。
「新しいものを用意しようか?」
「いいですよそんな、ラズロ兄さんは使用人ではなくお客様なんですから、それに熱いものは苦手なんです」
「ミルクも冷たいままだからね、ファルーシュは」
ラズロは動揺を悟られぬよう、冷たくなった紅茶を喉の奥に流し込む。ふわりと香りが広がった。ファルーシュの入れた紅茶は冷めても美味しい。
彼の入れる紅茶も美味しかったと無意識に遠い記憶と結びつけたのに気づき、ラズロはゆるく首を振った。ただ美味しかったという事実だけで、もう味なんて憶えていないのに。
「ラズロ兄さん、いま何考えてます?」
「少し、昔を思い出して」
「僕といるときは、僕のことを考えていただけますか?」
「君がどうも記憶の中の人と重なるんだよ、世話の焼き方はまったく違ったのに」
「……もしかして、ではなくラズロ兄さんが好きというのは嘘みたいです」
その言葉の真意を話そうとする気配を感じたのか、ラズロは何故、と問い掛ける視線にファルーシュに向ける。視線を受けたファルーシュは意地の悪い笑みを浮かべた。まるでいまから男を騙す悪女のようだ。笑い方一つで少女のような雰囲気などこかへ飛んでしまう。
将来、この一国の王子は本当にどうなってしまうのかと頭の片隅で心配しながら、ラズロはファルーシュの言葉を待った。

「好きではなく、大好きです」

たっぷりとその言葉を頭の中で回し噛み砕き吸収し、最終的にラズロは短く息を吐くような笑い声をもらした。
日に日に大きくなると思っていたのにまだまだ子供だなと考えながら、ラズロはこれ以上笑ってはいけないと内から湧き上がる感情と笑いを堪える。ファルーシュが拗ねたように顔を歪めたからだ。
「ごめ……ごめん……」
「笑いながら謝られても誠意を感じません、そんなにおかしかったですか?」
「いや……好きじゃなくて大好きか……嬉しいよ、うんすごく嬉しい」
「ラズロ兄さん……」
「素直に嬉しいよ、ファルーシュにそう言ってもらえて」
子供扱いだ。これでは伝えたい意味として伝わっていないではないかとファルーシュは頬を膨らます。
しかしこれは可愛らしい告白を受けたものだとラズロは自然と頬がゆるむ。はじめの子供らしくないさらりとした告白よりも好きだと思った。
「もう少し大きくなって」
「はい」
そんな風に真っ直ぐ言葉を返してくれるような素直さは失ってほしくない。真面目な態度を見せるファルーシュを見てそう考えながら、ラズロはゆっくり口を開いた。

「愛してると言ってくれるような甲斐性を見せてくれたら、考えるよ」



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