熱い。

じりじりと焼けるような熱さだと思う。脇腹から、全身に熱さが広がるようだ。
身に受けたあまりの衝撃に地面へと落としてしまったナイフに手を伸ばす。しかし、それはもう少しで指先が触れるという瞬間、目の前で踏み付けられた。
誰の足かなんて分かり切っている。それにたとえ、誰か分からずとも。
地面に横たわったまま、葉佩はゆっくりと視線を上げる。たとえ、目が見えずとも。その気配に、葉佩は馴れ親しみ過ぎてしまった。

こんなに冷たい表情を見たのは初めてだなと思う。すらりと長く綺麗な足は、痛みを殺し手を伸ばして求めたナイフを無情にも遠くへと蹴り飛ばした。からからから。と地面をナイフが滑る虚しい音が響く。
思わずナイフを追った目を、それを蹴り飛ばした足へと戻した。そしてさらに視線を上げれば、見慣れた銃を握る手が見える。銃は見慣れたものだが、その手に銃が握られることなどありえないと思っていた。そう葉佩は考えたが、それは少し違うのかもしれない。その手が、銃を握ることなどあってほしくなかったのだ。
撃てるのかと、腹をやられたが声は出た。喉からひねり出したので、いつもより大分か細い音だったが。
銃は殺すのに秀でた武器だ。特に初心者に向いている。構造を理解し訓練しなければ危険なもので、反動やブレはいつになっても付き纏う。そのため葉佩の言葉に初心者向きではないと返す者も多く、そもそも殺しに初心者などと常人は考えない。
だがやはり、それは手を汚したことのない者に相応しいものだと葉佩は位置付けていた。銃という武器は、死の感触が手に残らないからだ。
裂く肉の意外なやわらかさも。骨を削る感覚も。肉が潰れ裂ける音も。細い細い、人の熱をつぶし、ちぎる瞬間も。銃は手に残さない。
そんなもの持ってほしくなかったと思いながら、今の彼にとても似合うものではないかと誰かが頭の隅で笑う。綺麗にぱあんと音が響いて、硝煙の香りを残し、それだけで殺せる。
胸に当てれば、流れ出る血にさえ耐えればいい。傷跡などわざわざ見ることはない。
がつりと銃が額と接触し音を立てた。勇気がある。頭を撃ち抜く覚悟があるのか。
少し考え、葉佩はそれに敬意を示そうと思った。
銃口を、口内から喉へ導く。どうせなら、こっちのほうが確実だよと。これなら照準がブレても撃ち抜ける。反動など気にしなくていい。
葉佩の腹の上に陣取り銃を構える男は、眉一つ動かさなかった。
不思議と、葉佩は特にこれといった感情を抱かない。俺が相手だ、悪く思うなよと言われた直後は、鋭く空気を切り裂くように放たれた蹴りを防御することもできずまともに身に受け、さらに受け身も取れず地に沈むほど動揺したというのに。
どこか本能的な部分で気付いていたのかもしれない。だがそれだけではない。むしろ、それだけではない方が大部分を占めている。
ただ、己が敗者になったという意識。今まで自身が相手に与えてきたものを、与えられる立場になったというだけのこと。
それは、とても歪んだ考えだ。

それを解っていて、葉佩は笑った。下手でもあたるから撃ってごらんと。
微かに瞳が揺れる。動揺、隠しきれない期待が見えた。

微妙な力加減で袖口に仕込んだワイヤーを引けばすぐに手のひらに馴染まない感触が伝わる。銃は嫌いだ。殺したという実感が薄い。小さな弾一発、乾いた音だけで殺せてしまう。
歯が折れても構わない勢いと力で口内へと導いた金属を噛み締める。引き金を引かれてしまえばそれで終わり。

「俺の勝ちだ皆守甲太郎」

そんなもの、持っているはずがないと。あってはならない信用が、どこか心地よく嬉しかった。

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