学校に不審者がいる。説明しろといわれたらそれで十分だった。

大学のサークルという活動の中には常人には理解しがたいものも存在する。しかし、その男はあきらかにサークル活動という範疇を越えていた。自ら望んで常識から飛び出したと言うかのような姿に、学生達は不審の眼差しを向けるしかない。確かなのは、あいつは関わってはいけない人間だということだけだ。

常識的に生きていれば漫画や映画でしかお目にかかることがないようなアサルトベスト。しかもかなり使い込まれていて、所々何か鋭い刃物で斬り付けられたような跡がある。
首に下げられたゴーグルも普通のものではなく。ごつごつとしていて重そうで、特殊な環境での使用を想定され作られているのは少し頭の良い人間なら一目で分かる。
それらを身に纏う男は何故かとても上機嫌で足を進めていた。両手で抱えられた木箱は二つ。
そして何より目を引くのは、右足の太ももの辺りから大きく裂かれたジーンズと、その隙間から見える包帯だ。包帯には血であろう赤いものが滲んでおりジーンズも軽く洗いはしたのだろうが裂かれた周辺の布が変色している。
酷い怪我だが、それでも男は上機嫌だった。嬉しそうに少し微笑みながら大切そうに木箱を抱えている。不審者。すれ違う人々の頭の中にはその三文字が浮かぶ。誰もが男の扱いに悩んだ。これは教師を呼んだところで解決する問題なのかと。
それは、男が今いる国がそれなりに平和だからこその扱いだった。もし武器を持ち人々が戦う国ならば、一人、二人と気付いてしまったかもしれない。
武器を持たない国に生まれたからこそ、男から漂う硝煙の臭いに誰一人として気付かなかった。

ふと男はある部屋の前で歩みを止めたが、その部屋が何の部屋であるのか示すカードを見て首を傾げる。部屋、変わったのか。そう呟いた声はとても穏やかだった。
男はゆるやかな動作で振り返り、道行く学生を謝罪の声で引き止める。引き止められた学生は、びくりと体を揺らした。

「すみません、あ、驚かせて申し訳ない、あの、皆守甲太郎先生がどこに拠点を移したかお聞きしたいのですが」





「お前銃撃てるようになったんだな」
開口一番それか、と葉佩は笑う。こんな状態と格好なのに一番始めに硝煙の臭いに反応したのが皆守らしい皆守らしいと、何がそんなに嬉しいのか自身でも把握できないが葉佩はとても愉快な気分だった。
当時を思い出せば、確かに銃の使用は稀だったと思う。打撃斬撃が効かない敵に使用することはあったかもしれないが、弾はただではない。一発いくらと値が常に変動する。しかも撃ってしまえばそれまで。再び使用することはできない。
それに、銃は手に感触が残らない。殺した感触が残らない。死が分からない。ただ音と硝煙の臭いだけが残る。それは駄目だと葉佩は考えていた。
だから切り札的役割として持ち歩いてはいたが、本格的に使用したのは最後の、あの時だけだ。
めずらしく、墓に潜る前から銃をメインの武器の一つにしていた。不思議そうに何故かと問うてきた皆守に、何があるか分からないからと微笑んだ。皆守は、そうか、と小さく笑った。
撃ったのは三発だけ、急所を外したどころか掠り傷しか与えられなかった。結局、銃でも殺すことが、できなかった。情を移しすぎた。これではいけない。自分が死んでしまう。殺されてしまう。死ぬ時は死ぬ時だが生きれるならば生きなければならない。
そのあと、背を合わせ戦ってくれた親友。殴られてどこか清々しい顔をした皆守を見て、初めて葉佩は人を殺さなくてよかったと感じた。今思えば愚かな話だ。その時まで、何人殺してきたのか分からないというのに。
「前から扱えたよ、はい、お土産」
「今度はどこに行ってきたんだよ」
「ぼんじゅー、る?」
「……お前のテンションに相応しいところだな、お前なんかに居座られたら迷惑だろうが」
「葉佩九龍は皆守さんに挨拶くらい返してくれてもいいじゃないかと思います」
拗ねたように聞こえるが拗ねていない。それを理解しているから皆守は葉佩を無視してお土産と称し部屋の隅に積まれた木箱に視線を向けた。なまものでなければいいが。葉佩だから抜かりないだろうと思うのと同時に、葉佩だからこそ不安でもある。
取りあえずは葉佩に木箱を自宅まで運ばせ、ついでに車の運転も任せその間自分は夢の世界へ旅立つ計画を立てながら皆守は本題に入ることにした。
「それで? 今回は何の用だよ、九龍」
「え、あー……うん、言っておかないと、皆守は怒るだろうなと思って」
すっと一瞬で仕事の顔になった葉佩に、皆守も気を引き締める。
葉佩は基本的に用がない場合帰ってこない。俺家無いし、今からこの学校と皆守が帰る場所か。分かった。そう言って宝探し屋として旅立っていった葉佩は、再び再会した時ただいまと言った。
卒業してしまった以上あの学校はもう葉佩の家ではないが、皆守に対しては今だにひょっこり顔を出すたびただいまと言っている。
先程もそうだ。数回のノックに返事を返した後、開かれた扉から顔を覗かせた葉佩は挨拶よりもまず先にただいまと言った。
皆守は、家に帰るのは用がある時だけというそこは家と呼べるのか。と真剣に考えたことがあるが葉佩にそれ言ったことはない。たまにお土産をくわえてやってくる家に居ついた野良猫のようなイメージだ。葉佩は猫というよりも犬だが。
家が無いと言った時何故と問うと、俺も特定の場所に居つかなくなっちゃったから、一応住んでないけど実家みたいなものがあったんだけど無駄ってことで家族意見一致して売っちゃった。そう言い切った男に常識を求めるだけ無駄と皆守は割り切っている。
「今度の仕事先が、インドでして」
葉佩が真面目な顔をしたから何かと思ったのに、その唇からこぼれ出たのは予想外の言葉だった。
ぴたりと動きが止まった皆守に、葉佩はああこれはまずったかなと思う。じわりじわりといつもけだるそうな瞳が輝き出すのを見て、葉佩は制止の意味を込めて小さく両手を胸の辺りまであげた。
「おーけーおーけー、臨時バディの書類は出しておく、けど大丈夫なのか? 少なくとも一ヵ月は休みが必要だぞ?」
「何のためにお前のところの息が掛かった大学に勤めてると思ってるんだ」
「わーい、職権乱用」
「乱用じゃなくて、正しい使い方だろう? 俺が書類貰ってくる間にお前はそれ車に詰め込んどけ」
鞄から出され投げられた車のキーを受け取りながら、一気に機嫌が今までの倍は良くなったことを感じ本当に帰ってきてよかったと思う。以前インドに仕事で行った時はお土産として香辛料などを買ったのだが、久しぶりだからと自ら届けた際にすごい剣幕で怒られたのだ。
日本の方が良い香辛料が手に入るから、と日本とインドカレーのことについて言い訳してはみたのだが、自ら現地に赴きそれを食すことに意味があるのだと力説されてしまった。本当に奴はカレーの神様にでもなるつもりかと驚きで機能しない頭でぼんやり考えたのを葉佩は憶えている。
「はいはい、駐車場は今まで通りの場所?」
「ああ」
書類申請に必要なものを準備をしている皆守を見てから葉佩は部屋を出る。扉を開けてから木箱を抱えた。
そして、突然部屋から出てきた怪しい男にしか見えない葉佩に周りが騒つく。そうだった、と思うがどうしようもない。

「九龍」

さっさと車で待機しよう。そう思い早く、面倒だからと足で扉を閉めようとした葉佩だったが、皆守の声に足を軽く上げたまま振り返る。いつも通りの瞳が葉佩を見ていた。
そのまま扉の方へ近づいてきたので代わりに閉めてくれるのかと葉佩は期待し、足を地面へと付けた。
「無理させるな」
一瞬だった。冷たいにもほどがある速度で扉は閉められたが、皆守の言葉が扉を閉めるために上げた右足に対してだというのは理解できた。
しかし、葉佩は所詮葉佩である。そんなことを言うのならこんな荷物運ばせたりしなければいいのにと思いながら、右足をかばうこともなくいつも通りの一歩を踏み出した。

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