七代はとても優しい存在だと、零は思っていていた。
 今でも七代は優しいと思うが、七代の傍にいればいるほど七代が優しいだけの存在ではないことが分かる。
 それは時に、零でさえ思わず眉を寄せてしまうようなこともある。七代はとても優しいが、優しいが故にとても頑固だと零は認識を改めていた。
 それは零も一緒だろう、と少し拗ねたように言った七代を思い出すたびに、零はざわざわとした気分になる。

(これは何なのだろうか)

 零は服の胸元を握り締めながら夕日を見て、明日のことを考える。七代がそんなことは認めないと言ったあの日から、それは零の日課だ。流れる時間と、流れていく人を眺めながら明日のことを考える。
 その思考の中で零は七代について考えた。始めは普通の高校生として。その出会いから封札師として。そして一度別れ、再会した時は執行者として。
 呪言花札に魅入られながらも、愛しながらも、受け入れながらも取り込まれなかった人間。
 このざわざわとしたものが、それ以外のものも全て、感情というものだと教えてくれた人。
 白はもちろん零も感情というものを理解しているわけではない。理解、するものではないと分かっている。
 たとえば手と手を合わせた時。ただの道具でしかない、しかもその道具である札と分離した曖昧な存在である体の底にじわりと感じるあたたかさをどう表現すればいいのか零は分からない。
 たとえば、七代が嬉しそうに自分達の名前を呼んだとき。その声と紡がれた名前に湧き上がるものが何なのか零は分からない。
 ひとつだけ確かなのは七代はすごい人間で、その七代が好きだということだけだ。

 人は名前がないと個を認識できないものなのだと白は言った。それだけのために存在するはずの名前がいつの間にか手放せないものになった。
 七代もだが、七代以前の主に名を呼ばれるたびに感じていたざわざわとしたものはきっと感情だったのだろう。名を呼ばれることへの喜びか。そんな存在を殺してしまう悲しみか。それを本当の意味で理解できるようになるのはまだ先になりそうだ。

「零」

 七代はとても優しいと零は思う。そして優しいが故に頑固だ。
 優しいから、優しすぎるから、道具に命をくれてやるなんて言えるのだ。
 それは零も一緒だろうと七代は拗ねたように言った。正直七代にはいつも笑っていてほしいと思うが、七代が生きてくれるのならば、共にいられるのなら、零は七代と一緒でいいと思う。

「意外と早かったな」
「……そうだろうか?」
「引き際が分からなくてよく長時間人眺めてるだろ?」
「とてもたくさんのひとを見ているのも好きだ、生きている、というのは素晴らしいことだと思う、でもたくさんのひとを見ていれば見ているほど早く帰りたくなる」
「どうして」
「きみや白が、おれの帰りを待っていてくれるのかと思うと、早く帰りたくなる」

 少し驚いたような顔で、今まで真っ直ぐ零に向けていた視線をそらし、七代は本当に恥ずかしい奴だなと呟いた。

「ただいま、……帰ったときは、こう言うのだろう? きみがあの日教えてくれたことだ」
「あー……ああ、おかえり、零」

 七代は照れ隠しのように零の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。その手から伝わるぬくもりに、これが幸せだということだろうかと零は笑った。

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