きっかけは、七代の寒いという一言だった。
 その言葉に衝撃を受けたように固まった零は我に返った途端七代に抱き付く。体当たりの勢いで殆ど体型の変わらない零に抱き付かれた七代は耐え切れず、当然のように地面へと沈んだ。
 寒いより、今は痛い。状況が理解できない状態で七代が思ったことはそれだった。暗い夜、寒空の下。何をやっているんだろうかと。
「まったく、何をやっておる」
「七代が、寒いと」
「だからと言って押し倒す奴がおるか」
「あ……、七代すまない、怪我は無いか?」
 頭上から聞こえてきた声に七代が顔を上げれば、倒れこんでくる二人をさり気なく避けた白が溜息を吐きながら手を差し出していた。見た目は幼い少女でしかないのにその姿には年上らしさが滲んでいる。
 心配そうに顔を覗き込んでくる男も、手を差し伸べている少女も、自分とは比べ物にならないくらい長い時を生きてきたのだと感じる瞬間が七代は嫌いだ。少しだけ寂しい気持ちになる。
「しかしこの程度で寒いとは、人とは本当に弱い生き物じゃの」
「ひとは、寒がりだな、それに、七代はいつも手が冷たい」
「……むう、確かに冷たいの」
 折角三人一緒なのに一人で嫌な気分になったことに七代は内心顔を歪めながら白の手を取る。
 七代は差し出された白の手を握ったものの、その手が自分を引き起こせるとは思っていないので自ら足に力を入れて立ち上がる。その動作の途中で七代の腕を掴んだ零は白とは違い、あっさりと七代の体を地面から引き上げてしまった。体型はあまり変わらないのに七代より零は力がある。種の違いというものだろうか。
「ありがとう」
 礼を言う七代に白はふわりと微笑むが何故か手が離れない。首を傾げてみれば白は柔らかい笑みとは違い、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「こうして手を繋いでいれば少しはあたたかいと思わぬか?」
「白、それは、……いいな」
「は?」
 優しい手つきで零の手のひらが左手を包む。ぎゅう、と握り締めてくる零とは違い、右手にはゆるりと白の指が絡んでいる。
「え?」
「なんじゃ、不満か」
「いや、そうじゃなくて、めずらしいなと」
「……主に風邪でもひかれては、困るからの」
 薄っすら赤くなった白い頬。少し驚いて反応が遅れたが無意識に頬がゆるむ。見るなっ、と顔を伏せてしまった白を愛らしいと思いながら左手を握る零に視線を移す。そちらはいつも通り、七代と目が合うとふわりと嬉しそうに笑みを浮かべた。
 寂しいなんて何で思うんだろうかと考えれば、それは疎外感なのだろう。死んだ人には勝てない、勝とうとも思わない。だが自分を通して別の人を見たり、自分の知らない、一生知ることが無いであろう二人を見るとやはり寂しい。
「俺も過去の人になるのかな」
「突然何の話じゃ」
「んー、二人のことが大好きだって話」
「おれも白も七代のことが好きだから、こういうのは……両想い、と言うのだろうか」
「……零は本当に可愛いな」
 両手が塞がっているため頭を撫でたいと思っても行動できない。代わりに七代はそれほど自分と高さの変わらない肩に頭を預ける。
 零が不思議そうな表情で、可愛いというのは女性や白のような外見をの者に言う言葉ではないのか、と本当に真剣に呟くものだから七代は微かに肩を震わせ笑った。零の言葉も、予想外のところで自分の名前が出たせいかぴくりと反応を示した白もおかしかった。
「もちろん白も可愛いけど見た目だけじゃないんだ、二人は見た目も可愛いけど」
「そういうことなら、七代も可愛いな」
「ん?」
「そうじゃの、男前、よりはその方があっておる」
「……耳まで真っ赤にされて言われても」
「う、うるさい! 執行者としての時は、まあ、男前と言ってやってもよいのに何故普段はそうへらへらしているのじゃ!」
 振り上げられた白の手に引っ張られ七代の手も上がる。それを見て零も嬉しそうに手を上げたことにより、二人と手を繋いでいる七代は傍から見たら変な人間になっていた。深夜でよかったと思うのと同時に深夜だからアウトかと思う。戯れ合う兄弟にでも見えると幸いだ。
「ごめんごめん」
「謝罪に誠意がない!」
「常に執行者モードより普段は笑ってた方がいいと思わない?」
 七代がにこりと笑いながら言えば、白は言葉に詰まった。横から飛んできた、笑ってる七代が一番好きだという言葉には柄にもなく、白のことを言えないくらいに照れたので抗議としてぎゅうぎゅう手を握り返せばどうしたんだ? と声が返る。きっと何も分かっていない。
「あー……あー早く帰ろ、寒いし」
「……そうじゃな、あいすくりぃむも、溶けてしまうしの」
 恥ずかしさから話を途中で無理矢理終わらせたことに白のからかいはなかった。零も特に気にしていないようだ。が、しかし。
「七代」
「何、……零?」
 名前を呼ばれて顔を向けると視線が絡まる。とても嬉しそうな表情。白と共に七代が首を傾げれば、幸せそうに大切そうに零は言葉を紡いだ。
「手、あたたかくなったな」
「おお、確かにあたたかくなっておる、これはいいかもしれぬぞ」
 自分の手を握り締めながらほわほわと笑う零と白を見て、七代は本気で二人からは何か甘ったるくて胸焼けしそうな電波でも出ているのではないかと思う。
 はあ、と小さく溜息を吐くと白は何じゃ、とむっと眉間に皺を寄せ、零は不安そうにな顔をした。
 別にそういうわけじゃないんだよ今の溜息は。伝えたいことはたくさんあるが、まとめてしまえばたった一言。
 しかし何とも恥ずかしい言葉だ。真面目に言うとなると四倍くらい恥ずかしい。
すっ、と息を吸って吐く。また溜息と勘違いされたのか二人が手を握る力を強くする。
「白も零も愛してるよ」
 たった一言。口からそれがこぼれ落ちた瞬間七代は二人と繋がっていた手を離し、代わりに思い切り二人へと抱き付いた。

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