「泣かないでくれ」
 最悪の形で泣かせてしまっていると思う。これが普通の喧嘩や意見のぶつかり合いならどんなによかっただろう。死んでしまっては何もできない、何も伝えられない。
 こうして、泣かないでくれと言うことも、涙を拭ってやることもできなくなる。
(生きている今でさえ拭ってやれない臆病者だけど)
 酷い主だ。そして、感情を持った札が愛する人間という存在として最悪だ。人間と呼ばれるのもおこがましい。
 七代千馗は、ひとつの国とそこに住む多くの人々と、人工的に作られた花札を天秤にかけ、花札を選んだのだ。
 世界と、多くの人を殺して。そして自分の命まで捧げ花札に生きろと願った。
 大量虐殺者の汚名を受けようと言った彼の気持ちが今なら分かるなと七代は瞼を下ろす。もう泣いている顔など見たくないと逃げた、それは本人が一番よく理解している。
「勝手に作られて、勝手にこんな使命を与えられて、それでもずっとそれを守って二人は生きてきたんだ」
「千馗様……?」
「二人を、花札を作った人に俺は感謝しているし責めるつもりも無い、ただ俺が自分の命と大量の名も知らない人達より二人を大切に思ってしまっただけで」
「きみを待つ人がたくさんいる、きみは生きるべき人だ、まだ間に合う」
「二人はもうこんな思いをしないで幸せになるんだ、だから泣かないでくれ」
 手のひらに乗せられた黒い札が箱の底へと吸い込まれるかのように納まる。そして、集めた花札が一枚一枚、ゆっくりとそれに続く。
 この封印が終われば二年後、おそらく多くのものが犠牲になる。しかしそれは同時に零と白の半永久的な眠りを約束できるということだ。この花札という存在を知るものが誰も居なくなり、この国自体が消えてしまえば。
(最低だ)
 自分を死なせないと言ってくれた人達を、未来の約束をしてくれた友人達が死んでもいいということではないが同じようなことを言っている。
 それでもきっと止めることはない。たった数ヶ月、それなのに七代はとても二人が愛おしかった。二人は札に間違いないが、とても、言葉では表せないくらいに。
 今までの主もそうだったのだろうか。この札の為に死んでもいいと思えるくらいの思いを抱いたのだろうか。
「呪言花札は、確かに魔性の札だな」
 人にとって、何よりも大切なものを投げ出させる魔力。瞼を上げれば、もう誰もそこには居ない。二人の花札の化身の姿はどこにも見当たらなかった。
「泣かないでくれ」
 最後の札が、箱に納まる。白い札の存在を確認して箱に蓋をした。
「さよなら」
 やりたいことは沢山あった。人に、世界に、きっと全てのものに大きな興味を持ったであろう零を色々なところに連れて行くことも。意外とこの時代の食というものが気に入ったらしい白とどこかへ共に食事に行くことも。友人達と、笑い合うことも。
 死にたいわけではない。生きたかった。ただ少し、共に戦い何百年と傷ついてきた花札達を愛し過ぎてしまっただけ。

 再び深く下ろした瞼が上がることは、二度と無いだろう。それでも、恐怖は無い。
「ずっと一緒だ」
 この封印が解かれぬ限り。永遠に。
 優しく花札達が納まった木箱を撫で、七代は瞼を下ろした。










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