「静雄さん!」
「竜ヶ峰」
 待ち合わせ場所に静雄の姿を見つけた途端、帝人はぱっと笑顔になり走りだす。人にぶつかりそうになり慌てて頭を下げる様子を見て、いつも通りの帝人に静雄は何だか穏やかな気持ちになった。
「すみません待ちましたか?」
「まだ時間じゃないだろ」
 遅れてきたわけではないのだから気にするなと言っても帝人は首を横に振る。相変わらず真面目な奴、静雄は溜息を吐きながらもそんな帝人を好ましく思っていた。

 出会った頃の帝人と静雄の関係は誰が見ても、お世辞にも良いとは言えなかった。
 何故か静雄に対しては極端に消極的で言いたいことがあるのに言えないで黙ってしまう帝人、それに苛つく静雄。帝人に悪気がなく見た目からして弱々しい人間でなければいつか静雄は帝人を殴っていただろうと言われるよう関係。
 そんな関係から始まった二人が今こうして自ら進んで相手に会おうと思うのは大きな変化だ。
 しかも二人の現在の関係は恋人。帝人と静雄をよく知る者達は皆声を揃えてどういうことだと主に静雄に詰め寄った。
 しかしどんなに問い詰めても、互いが望むものを互いに持っていたのだから仕方ない、としか二人は語らない。
 詳しいことは何も分からず、結局二人共幸せそうだからということで問題だらけの恋は肯定された。

「静雄さん、それなんですか?」帝人は挨拶を終えた後、静雄の持つ花束を見ながら不思議そうに言った。申し訳ないが、花束というものが静雄とは結び付かなかったからだ。
「ああ、これか?」
 そう言いながら帝人の前に差し出された花束は青と白の花で作られたもので、帝人は綺麗だなと思いながらも花束を差し出したまま動かない静雄を不思議に思う。帝人が少し困ったように名前を呼ぶと、静雄はどうした、と優しい声を返した。
「静雄さん?」
「何だ?」
 帝人以上にこの状況を不思議に思っているらしい静雄は首を傾げている。どうすればいいのか分からずにいると帝人の胸に花束が押しつけられた。
 ぽす、といった感じで押しつけられた花束を帝人が反射的に抱えるとあっさりと静雄の手は花束から離れていく。

「やる」
 たった一言、それだけ告げて。

「……え、あの、貰い物とか、別にあげる人がいたとか」
 池袋の自動喧嘩人形と恐れられている静雄だがその容姿は整っている。それに意外と知られていないが子供と女性には紳士的だ。そのため静雄にちょっかいを出してみようという女性もいないわけではない。
 そんな女性か、職場の誰か、もしくは知り合いに貰ったものだろうと考えていた帝人にとってこの状況は予想外だ。いつもなら何かの間違いか気紛れかと思うが今日の帝人は花束を貰うような理由があり、それが帝人を酷く混乱させた。
(教えたっけ、今日誕生日だって)
 言った憶えはない。一輪の花、というならまだ偶然だろう。しかし気紛れで、何も知らずこんな狙ったように誕生日に花束というのは奇跡ではないだろうか。
「間違いなく俺から竜ヶ峰にだ、……どうかしたか」
 さすがに貰い物を恋人にやるほど酷い奴じゃないと静雄が話す声も今の帝人には遠く聞こえる。反応がない帝人を心配して体調でも悪いかと問い掛ける声にも答えられなかった。
「しず、おさん、言いましたっけ……?」
「何を?」
「僕、今日、誕生日だって」
「は?」
 時が止まったようだった。
「言ってませんよね?」
「誕生日?」
「はい誕生日」
「知ら、ない」
「そっか……ははっ、そうですよね!」
 わけが分からない、というのはこういうことかと静雄は思った。とんでもない衝撃発言があったような気がするが今は目の前で突然笑いだした帝人のことで頭がいっぱいだ。何故笑っているのか、何を笑っているのか。
 声を上げて笑う帝人を見て呆然としていた静雄だが徐々に誕生日という言葉が頭の中を回り始める。誕生日? と再び問えばそうですよ僕今日誕生日なんですとさらりと驚愕の答えが返った。
「ふー……すみませんいきなり」
 笑いの波が去ったのかいつも通りの動きで頭を下げる帝人に、先程の帝人と同じように静雄は何も言えなかった。

 帝人は礼を言おうと花束から静雄に視線を移して、静雄が泣きそうな顔をしていること気付き驚きで目を見開く。
「え、何で? す、すみません僕何か気に障るようなこと言いまし」
「怒ってるか」
「え、怒ってません! ……え?」
 突然笑いだしたりして、怒られるのは自分の方ではないかと帝人は思う。しかし静雄の表情は怒っているというよりも悲しんでいるようで。
「誕生日知らなくて」
「……き、気にしないでくださいよ! そもそも言ってないんだから知らなくて当然で、僕より静雄さんが怒るべきじゃ」
「何で黙ってた」
「僕も気付いたのは親の手紙が届いた時ですっかり……」
 昔は忘れたことなんかなかったんですけど。と言う帝人の言葉に偽りはない。本当に忘れていたのだ。今朝両親から誕生日プレゼントとして生活用品が届くまでは。
「あー……、何で笑ったりしたんだ」
「嬉しくて」
「誕生日知らなかったんだぞ」
 静雄は気まずさを誤魔化すように帝人の頭を撫でる。撫でるといっても静雄の力では体まで揺れているが帝人は嬉しそうに笑った。
「だって奇跡みたいじゃないですか、誕生日に偶然花束を貰うなんて、なんか嬉しすぎたのかおかしくなっちゃって」
「……飯、サイモンのとこにするか、誕生日にジャンクフードはないだろ」
「静雄さんと一緒ならどこでも気にしませんよ?」
「俺の立場がないだろ、それにどこでもいいならサイモンのとこで決まりな」
 行くぞ、と言われてしまえば帝人は逆らえない。逆らえたとしても逆らわないだろう。
 いつもならすぐに隣に並ぶが、帝人は前を歩く静雄の背を見つめる。言ってしまおうかどうしようか悩んだが、どうしたのかと振り返った静雄を見て帝人は決意し口を開いた。
「えっと、静雄さん、おめでとうって言ってくれませんか」
 きょとんとした顔で立ち止まった静雄は額に手を当てて小さく唸った後、今日の俺おかしいよなと独り言のように呟く。
「わりぃ、大切なこと忘れてた、竜ヶ峰、誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます」

 とても優しい声で伝えられた言葉に花束を抱き締める手が震える。泣きそうなくらい幸せだと、帝人は思った。





 店先に並んでいた青い花が綺麗だった。それだけの理由。
 花束にしてもらってまで何故買ってしまったのか。ただ、似合うだろうなと思ったから。
 男が男にこんなものを貰っても困るだろうとは思う。しかし、きっと帝人なら喜んでくれると確信し、静雄は青と白の花束を見て自然と頬をゆるませた。











誕生日おめでとう! でした。
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