遠い未来の話、BL未満ですが一応※つけました
死を匂わす話です、完全シリアス注意










ティルがラズロの体調の異変に気付いたのは、彼が地面に膝をついたときだった。
必然のように巡り合い、何百年と共に旅をしてきたラズロの不調に気付けなかったことにティルは歯軋りをしたが、今となって考えれば、それも必然であったのかもしれない。

始めは、ただの体調不良だと思った。何百年とさまざまな地を旅しようと、いつになってもラズロは寒さに慣れなかったから。
しかし、その途方も無く長い旅の中でティルが体調を崩すことはあっても、ラズロが体調を崩すことはそれまで一度もなかった。
気付くべきだったのだ。彼の異変に気付いた時に。

ラズロが地に膝をついてから、三つ目の町。一年中寒い地方でありながら花に溢れたその町並みはティルとラズロを楽しませてくれる。
平気そうな顔をしているがラズロの体調は悪いままで、暫らくここに滞在するのもいいかとティルは考えていた。
ラズロにその考えを話すと、それもいいかもしれないねとラズロは微笑んだ。いつも通りの笑みだったが、ラズロにとってそれは自身の不調を認め、この状態で旅を続けるのは無理だと言ったも同然だった。
ティルが明確な違和感を感じたのは今だからこそ分かる既に手遅れと言えるその時で。
おやすみなさいと瞼で覆われた瞳をティルが次に見たのは、それから一年と数ヵ月後だった。

深い眠りについているのか、揺すっても何をしてもラズロは目を覚まさない。
ティルが感じた違和感の原因は、やはりと言うべきか、ラズロの左手に宿る紋章だった。
許しと償いを司る罰の紋章。世界を統べる真なる二十七の紋章。
許しの期間にあったそれが、再び償いを求めている。
世界に、人間に、罰を与えようとしている。
何故いまさら。いまさら、だからなのだろうか。
何百年と、人が争いを繰り返し、命を奪い合ったことへの罰なのか。
灰色の未来。かつて自分の星であった少年の見た世界をティルは思い出す。直接ではない。その身の最後すら知らない少年のそれは、人から聞いたものだ。
それがどんなものなのか、何を意味するのか。何一つとして分からないのに、何故かふっとその言葉を思い出した。
生と死を司る紋章は変わることなく死を求め、罰は償いを求める。
何かが変わろうとしていることだけは、そしてそれに人という弱い存在は逆らえないだろうということだけが確かだった。





「……?」
「……おはよう」
「……どれだけ、寝てた? ……変だな……体が鉛みたいだ」
「それだけ寝てれば、体も鈍る」
「寝坊、してしまったかな」
「もう寝坊とは言えないほどに」
「そっか……、……ごめん」

妙に開いた間にラズロが何を思ったのか、ティルには分からない。
ただ、瞼が開かれ覗いたその瞳が、一年以上眠り続けたとしても青く深く鮮やかだということだけは分かった。
ぼんやりとしているが力強い光を秘めた瞳は間違いなくラズロのものだ。ラズロ以外にはありえないと、ティルは確証もなく信じている。これ以上に美しい、青などありえないと。

「ラズロ」
「なに、かな」
「欲しいものとか、してほしい事はある?」
「……ない」
「……ラズロ」
「自分で、できる、やる、大丈夫だから」
「ラズロ」

咎めるような強さを含むティルの声に、ラズロは泣きそうな顔をした。
分かっているのだ。体が鉛のようだと知った時点で、自分の体は、もう軽く手を上げることすら億劫なのだと。
左手の紋章がじりじりとした熱を持つのに気付いている。どくりどくりと脈打つのを感じている。
命を、奇跡で得た命を返す時がきたのだと、深い眠りから覚め一番に理解した。
ラズロの命はあの戦争の時に尽きている。紋章がラズロに償いを求めるというのなら、もうからっぽのラズロの体は朽ちる他にない。
理解していても、認めたくないことはあるのだ。

「ごめんね」
「僕は、そんな言葉が欲しいわけじゃない」
「うん……、ティル」
「なに?」

何百年と共に旅をしてきた中で、一番とも言える優しい声と柔らかな笑顔でティルはラズロの言葉を待つ。
ラズロは数回ゆっくりと瞬きをしたあと、ぽつりと言葉を落とした。

「海、海に、帰りたい」

海へ帰りたいと、ラズロが言うことは度々あった。しかしそれは叶わぬと、本人が一番よく知っている。
知っているからこそ言わずにはいられない。

「群島の?」
「群島じゃなくてもいい、海は、繋がっているから」

ティルの里帰りをきっかけに北へ北へと旅をしてきたので、現在滞在している場所から群島はとても遠い。
何より、自身の命が残り少ないことをラズロは理解している。
ベッドに体を預け天井を睨むラズロの瞳は、荒れ狂う海のようだ。もしくは、燃え盛る青い炎か。
死にたくないのだと、まだ生きていたいのだとその瞳だけが叫びを上げ語っている。

すっ、と。ティルは一つ息を吸って吐き、頷いた。きょとりとこちらに向けられる瞳が酷く懐かしいと思う。
今度こそ、本当に泣いてしまうのではないかと心配になるほど顔を歪めたラズロは、帰ろう、と言ったティルの言葉に頷きを返す。

「ティル」
「なに」
「その時は、喰わせてしまって」
「……」
「君に罰が宿ることはない、封印の前例もある、君と、一緒に、……いきたいんだ」
「……分かった」
「私は灰になって、跡形もなく消える、だから、切れ端くらいでもいい?」
「十分だ、切れ端でいい、切れ端がいい、そう言ってくれるラズロだけで、十分だ」

自身を蝕む重さに身を任せてしまえば、もう二度と目を覚ますことはないかもしれない。
それでも。たとえ、海に帰れないとしても。
死に、罰に。体と魂を奪われる時。その隣にいる彼が微かな切れ端でも攫っていってくれるというのなら。
再び深い眠りに沈むのも、悪くはないと思えた。





風が吹く。枯れた大地の、乾いた風が。
先に続く道は道とは呼べぬ広い荒野。空に光る星だけが道標。

「もう少しだから」

夢か幻か。狂ってしまうような時と生。変わり果てる、しかし何も変わらぬ世界で、ただ背中に感じる熱と鼓動がどうしようもなく愛しく。

まだ、海は遠い。





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