「ああ……そうか、もうそんな時期なのか」
故郷に戻ったラズロが最初に口を開いて放った言葉は、イルヤのどこか浮き足立った雰囲気に向けられたものだった。
ラズロに続いて船を降りたティルはそんなラズロを不思議そうな目で見つめる。振り返ったラズロは小さく、お祭りだよ、と呟いた。
「お祭り?」
「そう、クールークから解放された日を祝うお祭り」
それは要するに、ラズロからしてみれば国を潰した日だ。それが国の一部でしかなかったとしても、内心複雑だろう。
「あとは、群島解放戦争の英雄を讃える日でもある」
「ラズロのこと?」
「違うよ、群島解放戦争の英雄と言ったらリノさん、リノ・エン・クルデス」
「……ラズロは、完全に痕跡を消したんだね」
普段はそれほど歳の差を感じることはないが、今のラズロに対しては圧倒的な差を感じてしまう。ティルと違い何一つその存在を残すことを許さなかった英雄は、静かに微笑みながら頷いた。
「あ、……でも、オベルはちょっと違うかも」
「オベル」
ティルがラズロと出会った群島の中心となる島。何年何十年と見た目の変わらぬラズロを神様と呼び、愛してくれる人々がいる場所。
「私のこともね、何でかは知らないけど祝ってくれるんだ」
ただ騒ぐ口実が欲しいだけかも。と先程の笑みとはまったく種類の異なる、悪戯っ子のような笑みをラズロは顔に浮かべる。群島の土地柄というわけか、群島の人間は祭りや祝いを好む。
そう言われて、ティルはどの島にもある独特のあたたかさを思い出しすぐに納得した。群島の人々には、明るい太陽がよく似合う。
「誕生日みたいなものだって押し切られてね、毎年祝ってもらってた」
「それなら帰らないと」
「数年くらい居なくても別にいいと思うのだけど」
「人の命は、短いから」
「それは君に言いたいかなぁ」
自分の言葉が自分に返ってきた。言葉に詰まりながらも目をそらすことができずにティルは黙り込む。
ラズロという人を、まだ人と呼べる時代に生きていた者はもういない。消えていく星を眺め、時に流されるまま生きてきたラズロには寂しいとは思っても置いていかれたくないと思う相手は、もういないのだ。
己の帰還に涙を浮かべた女性の姿はまだティルの記憶に新しい。昔は男勝りなところがあった彼女。元から美人だったがさらに綺麗な女性になっていた。
たった一人呪いの死から逃れ、誰もいなくなった家を守る彼女も、人としての死には逆らえない。
「ごめん、意地悪した、君が右手に持っているものを、私は知っているのに」
「いえ、これを完全に制御できないのは、僕が未熟だからで」
「三百年、共にあったテッドでさえそれを制御できなかった、そんな大変なことを宿して数年の君に求めるのは理不尽だと思うから、ごめん」
「謝らないでください、それに、これは制御できないのではなくて、制御しなければいけないものだから」

かつて見た金色の光は無く。それは闇だけを吐き出す。
そして絶対的な死を振りまき、人の命を喰らう呪われた紋章。

宿主がティルになってからソウルイーターは常に不安定な状態だとルックという魔法使いは言っていた。前の宿主に宿っていた時のソウルイーターに触れていなければ解らなかったことだが、それは正しいことなのだと、ラズロには解る。
生と死を司る紋章。しかし、今のソウルイーターには死しかない。
ソウルイーターを積極的には使いたがらないティルだが、数回見ただけで紋章の性質が変わっていることに気付くには十分だった。ソウルイーターは、ティルを癒さない。
人の命を奪い自らの傷を癒す術を前の宿主であるテッドは嫌っていたが、殺すことだけに特化するのはいかがなものか。

「ラズロ?」
「……ティル、オベルに行こうか」
「祝われたくなった?」
「いや、オベルを拠点にするのが一番楽だから」
「?」
瞳の強さだけで疑問を問い掛けてくるティルに少し笑いながらラズロは振り返り、背にしていた海を見る。
「私は、百五十年以上群島にいながら、彼がここで何を見ていたのか分からず、知らないんだ」
「テッド」
ティルはテッドの歩いた道を辿るため、テッドが見たものを瞳に映すために群島を訪れた。得られたのは、紋章の記憶だけ。
「私も、テッドが見ていたものを見たくなった」
ソウルイーターを持つ彼が、どうして軍主という立場にあった自分に協力してくれたのか。
空と海。途方も無く長い生の中で、その一面の青がどんな風に見えたのか。ラズロは、今更それが知りたくなったのだ。


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