休日が潰れてしまった、やることやってないのに。
 帝人はそう思いながらも現在の状況にとても満足していた。首無しライダーと呼ばれる都市伝説と肩を並べ、そして首無しライダーを挟んだ先には池袋の自動喧嘩人形と呼ばれる人がいる。首無しライダーに喧嘩人形、そして普通の男子高校生である帝人が並んでベンチに座っている光景はまさに非日常だった。
 休日のため私服の帝人は高校生というよりは中学生で、奇妙な三人組が視界に入った通行人たちは高い確率で振り返りその光景を確認する。三人の間の空気は穏やかだが、その不思議な雰囲気が余計人の目を引いた。

『本当に大丈夫なのか?』
「あ、はい!」
 首無しライダー、セルティの持つPDAに表示された文字を読んで帝人は大きな声で返事を返した。返事を聞いたセルティは優しく帝人の肩を掴む。フルフェイスヘルメットのせいで顔は見えない、その前にヘルメットなど関係なくセルティには頭が無いため想像でしかないがきっと心配そうな顔をしているんだろうなと帝人は思った。
「本当にちょっと絡まれただけですから」
『肩を打っていただろう?』
「あ……」
 セルティが新しくPDAに打ち込んだ文字を見て、帝人は思わず自分の肩に手を伸ばす。
 ほんの数十分前、柄の悪い男達に絡まれて突き飛ばされた時にコンクリートの壁に打ち付けた右肩をセルティよりも強く掴んで揉んでみる。問題はなさそうだが、思い出すと痛いような気がしてくるのが人間というものだ。
「湿布とかもいるか」
 強張った表情で肩を触る帝人に今までじっと何も話さずにいた静雄が問い掛ける。その声に帝人が顔を上げると、突然目の前に桃色の物体が現れた。苺ミルクと書かれたそれを差し出しながらこれしか買ってこなかったと眉間に皺を寄せる静雄を見て、帝人は平気です大丈夫ですと叫びながら紙パックを受け取った。静雄の手が触れていた部分には生温く人のあたたかさが残っていて、今までこれを池袋の自動喧嘩人形が持っていたと帝人に伝える。
「たぶん、平気です」
『あとから痛むこともあるしやっぱり新羅にでも見せたほうが』
「そんな新羅さんもお仕事あるでしょうし! というかお二人もお仕事の途中でしたよね? すみません本当に大丈夫ですから」
『私と静雄は休憩中だ』
だから一緒にいた、とセルティがPDAで語る話に静雄も頷く。
「そういうことだから気にすんな、まあ飲めよ、それ」
「ありがとうございます……、あの、静雄さんお金」
「それも気にすんな」
 言っては悪いが金を取られそうだった中学生にしか見えない奴からこんなことで金を取る趣味はないと静雄は言い切る。借金の取立人なのに、と普段は暴れてる姿しか見たことがないからか帝人は変なことで少しおかしくなりながらもう一度礼を言ってパックの口を開けた。
「ストローいるか?」
「いえ、このままでも」
「貰ったけど俺はいらねぇから受け取っとけ」
 伸びてきた手に握られていたストローを見て帝人は小さく笑う。何故笑われたのか分からないと静雄は首を傾げるがその仕草がさらに帝人の笑いを誘った。
『帝人君?』
 セルティも困惑しているようでPDAに表示された文字は短いが首を傾げている。首を傾げている姿は首無しライダー、池袋最強と呼ばれる二人でも、そう呼ばれている二人だからこそどこか可愛らしかった。
(何か可愛いなぁ)
 セルティは問題ないだろうが、短気な静雄に言ったらどうなるか分からない言葉を心の中で帝人は呟く。
 言ってしまいたい衝動を堪えて、帝人は表面上なんでもない風を装い差し出されたままだった静雄の手からストローを受け取った。
「何でもないです、平和だなと思って」
「あー……たしかにな」
『私達はいいけど、帝人君こそ用事は平気なのか?』
 そういえば、とPDAの文字に帝人は自分の用事を思い出す。学校で出された課題もしなければいけないし、生活用品の補充もしなければ。
 しかし頭の中でどんなに考えても答えはひとつだけ。他の選択肢など出てこない。
「いま、セルティさん達より優先させるようなことはありませんから」
 こんな非日常より優先させなければいけないことなんて。
 今日はあったかいですね、とパックにストローを差しながら言えば静雄からは声で、セルティからは文字で、そうだなと答えが返った。
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