「卵が……割れない……?」
その言葉は、リオウにとってカルチャーショックにもほどがあった。手に持ったフォークを落としてしまいそうになるほどの衝撃に、ただリオウは目を見開く。
「割れないわけじゃない、上手く割れないんだ」
「あれは上手く割るとか、そういうものじゃないと思うんですけど……」
変に割れても問題はない。黄身が潰れても他の料理に使える。殻が入ったなら取り除けばいいし、別に食べたって死にはしない。
「マクドールさん、器用そうなのに」
心からの言葉だ。今、向かい合っているリオウとティルの間に並ぶ料理程度なら、簡単に作れてしまえそうなのに。
半熟卵の目玉焼きに、アスパラガスのベーコン巻き。
「適応できるものとできないものがあるんだ」
「得意分野、不得意分野ってやつですか」
何でも器用にこなしてしまうティルが、最初から無理だと言い切るのはめずらしい。はっきり言って意外だ。
ちなみに卵が半熟なのはティルのものだけで、リオウの目玉焼きは黄身にまでしっかり火が通るよう焼かれている。
フォークを突き刺したところで潰れることもない黄身を口の中に放り込み、きちんと飲み込んでからリオウは口を開いた。
「そんなんで生活どうするんですか」
「グレミオがいたし、グレミオは人の世話を焼くのが生き甲斐みたいなところあったからつい任せきりで」
グレミオという名の男性をリオウは知らない。だが、その男性の存在がティルの家事全般の不器用さの原因の一つであることは間違いないだろう。
「今は、ラズロがいるし」
今度の名前はリオウも知っている。今も背後でリオウとティルを微笑ましそうに眺めながら、じゃがいもの皮剥きをしている人だ。その手元を見て、するすると皮を剥かれていくじゃがいもが魔法のようだと言ったのはティル。
そんなことを言ってよそ見をしながらも基本的なテーブルマナーが完璧なのを見て、共に食事をする立場としてリオウは無意識に背筋を伸ばす。
リオウの軍師が、二人が共に行動するのを好ましく思うのはこんな些細なことも理由だ。
しかし、当たり前のようにパンを手でちぎってから口に運ぶティルを見ると、無意識に直接パンに噛り付く自分では真似事もできないのではないかとリオウは思う。
「その、グレミオさんとラズロさん、どっちの方が家事とか、料理得意でした?」
「比べることなんてできないね」
それは、どちらも同じくらい優れているということだろう。それならティルが家事に手を付けたことが無くても納得するとリオウは思う。昔、小間使いをやっていたというラズロの家事に関しての能力は異常だ。
「……んと、マクドールさん林檎の皮剥けます?」
何度も言うが、ティルは器用だ。そして頭も良い。
でこぼこしているじゃがいもは少しコツがいるが、林檎くらいならと思って聞いたの、だが。
「剥けない」
「剥いたことが無いんじゃなくて?」
「剥けない」
ティルはナイフの扱いがうまい。理解が早くてそれなりに物を扱えるならば、そんなに酷いことにはならないと思うのだが。
「言ったじゃないか、あれが魔法みたいだって」
「あんなのって慣れじゃないですか」
「ナイフや包丁をどう動かせばあんなに綺麗に剥けるのか、僕には理解できないんだよ」
「本当に苦手分野なんですね……」
英雄とまで呼ばれた人の一面。家事全般が苦手な少年。
じわりとにじみ出す肉の旨味とアスパラガスの甘味を噛み締めながら、リオウは何と言っていいか分からなくなった。
「だから僕は食べるの専門」
「うちのシェフ、どうです?」
「いい腕だと思うよ、でも店として考えるなら、こんな風に気軽に安く食べれるメニューが常に欲しいと思う」
「そうですね、いくら金欠とはいえ、高いものばっかりじゃお客が逃げちゃいますから」
互いに皿の上のものを全て消化したのを確認して、二人で手を合わせる。ご馳走様でしたと言った声は同時。
「マクドールさんの時は何が主流でした?」
「シチューかな……」
「シチューですか……」
シチューの名前は度々話に出る。というよりも、ティルとの会話で登場回数が他より頭一つ抜き出た料理だ。
そして、普段はそれほど積極的ではないティルが、語り出すと止まらない話でもある。
「人によって、たとえ同じ人であっても毎回味が違うから飽きなかったし栄養もそれなりだ、何より鍋一つあれば作れる容易さが」
「分かりました、その話は他の場所で聞きます」
「あ、ああそうだな、ここだと他の人に迷惑か」
何がそんなに目の前の英雄を虜にしたのか分からないが、シチューがティルの大好物であることはたしかだ。
素直に頷いて席を立ったのを見てリオウはほっとする。レストランで軍主相手にシチューについて熱く語る英雄なんて、奇怪にも程がある光景だ。
「前から聞こうと思ってたんですけど、何でそんなにシチューが好きなんですか?」
「思い出……だからかな、リオウにも何かあるだろう?」
少し寂しそうな顔で、さらりと振られた質問にリオウは悩むことになった。思い出、と言うには現在進行形だが、あるにはある。しかし、あれは。

「……ナナミの料理を料理と呼んでいいなら、好きです」
困ったような悲しそうな微妙な表情になったティルにリオウは苦笑いを浮かべる。
レストランを出る時ちらりと一瞬視界に入った厨房で、ティルがシチューを語り出したあたりからじゃがいも片手に笑いを堪え切れていない人は全力で無視をした。










まさかのシチュー。まさかの4主の存在とオチ。もはや普通に存在してます、すみません。
料理談義というよりも1主の家事オンチが露見しただけな気がします。

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