1主=アス
150年前を思い出すテッドの話。







遠くなる青き輝き。
忘れていく、あの光を。
眩しいくらいの光で俺を導いた、天魁の星。

歴史から消えた英雄の姿は、今となってはおぼろげで。



「テッド好きだよね」
「本? 本は好きだぞ?」
いつも言うことが極端で、主語が無いことの多い親友がこぼした言葉が、今自分の手元にある本を差しての言葉だと推測し言葉を返す。しかし親友はその場でふるふると首を横に振った。
予想外の反応に、読み違えたかと思い一瞬深く考え込むが、どうせこの親友の言葉を正しく理解できたことなど一度も無いと諦めた。
素直に「じゃあなんだよ?」と問えば、すい、と指が俺の手元の本を差した。
「テッド、その本、好きだよね」
「あぁ……そういう意味か……よく見てんなお前」
本を読むときは大抵がこの親友……アスが家庭教師と勉強だの師匠と棍の特訓だので不在の時だ。
たしかにアスの前でも何度か本を読んでいた時もある。
ちなみに今は本を整理していたのだが、つい読み耽ってしまっていたところにアスがノックも無しに部屋に入ってきた為に本が手元にある状態だ。こういうことも度々あったがそれも数度だ。しかもいつもすぐに片付ける。
しかしこの本はアスの言う通り、好きだ。だからそういった時にこの本が集中していた、という可能性は捨てきれない。
「テッド、優しい目をしてる」
「へっ?」
「その本、読んでるとき」
「あー……」
思わず目を逸らすとくすくす笑う気配がした。
「懐かしそう」
そう一言言うとアスは静かに隣に座り込み俺の手から本を取るとぱらりとページを捲りだす。
分厚いそれは歴史書で、今から約150年ほど前の歴史が綴られている。
「群島解放戦争……英雄、リノ・エン・クルデス、……ねぇテッド」
「ん?」
「テッドは海に行ったこと、ある?」
ぽつりと小さく呟いたあと、その口はさらに(いつもならありえない)些細な問いをこぼし、金色の目はじっとこちらを見てきた。
なるべく自分自身のことは話したくなかったが、雰囲気、それから聞かれた内容もあったのだろう。
「あるぜ」
気が付けばいつもは軽く流してしまう答えをぽつりと呟いていた。
「自分がちっぽけに思えて……圧倒されるっていうのかな」

青。
見渡すかぎりの青。
自分には強すぎる太陽の光。
水を掻き分け進む船、それから、

「テッド?」
「……あ、いや、ちょっと思い出に浸っちまった」
「思い出?」
「……大きな船に乗ったんだ、そうだな……この家が乗れるような船だった」
「この家が?」
「あぁ、流石に城とかは無理だけどな」

海、といわれて思い出すのはまず霧だ。
霧に包まれた海を見たとき、どうしようもない思いに駆られた。
この崖から落ちればどうなるのだろうかと、馬鹿なことを考えた。
自嘲気味に笑いながら崖の端へ端へと足を進めふっと顔を上げ海を睨めば、そこに逃げる場所があった。
違うと思いながらも俺は逃げた。今も右手に宿る紋章から。
違うと思い続けながらも、俺は逃げ続けた。時間感覚も狂い、死者も同然となっていった。

あの日、海から風が吹くまでは。

海、といわれて鮮明に思い出すのは、青。
そしてその青の中、太陽の光を受け風に揺れる金。
空と海、一面の青の中の黒。
ただそこにあることを誇るように凛と立つ人。
海から吹いた風、俺を導いた光、天魁の星。

「お人好しがいっぱい乗ってた、皆前を見てた」
「へぇ……」

今ではもうはっきりと思い出せない姿を思い描く。その姿は霞んでしまって、まるで水面に映ったかのようにゆらゆらと揺れて一定の姿を保たない。
顔はもちろん、声などとっくの昔に忘れてしまった。
ただ、初めて彼を日の下で見たとき、その目に魅せられたことだけは覚えている。
しかし、今ではもう一瞬で魅せられた彼の強さは思い出せない。
あと覚えているとすれば、風になびく赤。まるで海のようだと思った瞳。

最後の日の、背中。
紋章の悲鳴、赤い光。

「船を降りたあともさ、俺を心配した奴が付いてきたりしたんだ」
「それは……心配だろうね」
「どういう意味だよ」
「テッドは、心配になる、……一人にして大丈夫かな……って?」
「だー! 何で疑問系だよ! 俺はこれでも300歳なんだぞ!」
「またそのネタ……」

あのあと、彼がどうなったかは知らない。全てを見届ける前に群島を離れてしまったから。一人、予想外だった連れと共に。
彼がどうなったは知らない。どうなっていようと、俺には関係が無い。
でも、幸せであったなら、幸せでいてくれたならばと思う。

「……なぁ、アス」
「なに?」
「いつか、海に行ってみるといい、すごい、綺麗だからさ」
「一緒にね」
アスはにこりと笑いながら俺の左手を握ると、約束、と呟いた。



俺を導いた光、天魁の星。
歴史から消えても、記憶がすり減りどんなに霞んでも俺を照らし続ける光。



「あぁ……いつか、あの海に」



本の最終頁。懐かしき船を撫でながら、叶うはずの無い約束をした。


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