4主=ラズロ 夜、一通り書類を片付けたラズロはじっと目の前に座る少女を見ていた。 もう女性と言ってもいいかもしれないが、彼女はどこかまだ幼さが残っている。 仮にも一国の王女である彼女が、軍主であり危害が無いと知っている気の知れた相手といっても、男の部屋に夜侵入するのはどうだろう。そう考えラズロは首を傾げた。 しかし元からの性格でそんな思考も三秒と持たず、お客様にはお茶を入れよう、という小間使い精神によりお茶の準備を始める。 「で……、フレア、君は何をしにきたんだい?」 とぽとぽとティーカップに紅茶を注ぎながらラズロはフレアに問いかけた。 ありがとう、と受け取った紅茶をこくりと一口飲み、香りと味を堪能してからフレアは何故か意味深な笑みでラズロに向かってにこりと微笑む。 ラズロはその笑顔を見ながら、自分の分の紅茶も注ぎ椅子を引き腰掛けた。 「これ、ラズロも聞いてみる? って手紙出したでしょ?」 するりと部屋に入ってきてから大切そうに抱えていたものを、フレアは机の上に静かに置いた。 「オルゴール……? お母さんの?」 「えぇそうよ、とっても綺麗なんだから!」 ラズロは数日前目安箱に入っていた手紙の内容を思い出す。 まるで子供のように期待に満ちた目でフレアはラズロを見る。心なしか頬が興奮でほんのり染まっているようだ。 その姿に、ラズロは大きな変化は無かったがやわらかく微笑む。 ラズロからしてみれば、微笑ましいという悪い意味ではない笑みだったのだが、笑みをどうとったのかフレアははっとして恥ずかしそうに身を縮めた。 「……ラズロと、父さんと一緒に居ると、何だか昔に戻ったような気がして……ごめんなさい」 「別に謝ることじゃないと思うんだが……」 ラズロはしょんぼりとしてしまったフレアの気持ちを上昇させようとするが、致命的にラズロは言葉がたりない。 このままではうっかり口を滑らせて、さらにフレアを落ち込ませてしまうかもしれないと思い、いけないとは理解していたがラズロは口を噤んでしまった。 相手がこの状態でラズロが何も言わなくなればその場の空気は目に見えて気まずくなると、ラズロは分かっている。 やはりその場には居た堪れない雰囲気が漂い始め、ラズロ自身顔には出ないが、やってしまったとほんの僅かに眉を顰めた。 ここにはいつもラズロのこういった昔からの癖をフォローしてくれる仲間は居ない。 ぐるぐると回る頭から適切であろう言葉を慎重に選び出す。しかしその言葉はどれもいまいちな物ばかりで。 ラズロは心底困り果ててしまった。 「ごめんなさいね、ラズロ、何だか無理なこと押し付けちゃったみたいで」 その気配を察してかフレアが顔を上げ、ラズロに声をかける。笑顔だったが、雰囲気から無理をしているのはよく分かった。 ふわりと作られた寂しそうなその笑顔に、ラズロは今まで頭で考えていた言葉を全て捨てて声を出した。 「……せっかく、だから、リノさんも……誘わない?」 切れ切れになってしまった不器用な言葉。何か間違ったような気がして、今度はラズロが珍しく恥ずかしそうに身を縮めた。 いつも無表情で凛とした雰囲気を持つ少年が恥ずかしそうに身を縮める姿に、フレアは不思議と、無理をしない自然ないつもの笑顔で笑うことが出来た。 「えぇ、父さんも誘いましょ」 ころころと鈴の転がるような声。ほわほわとしたとても嬉しそうな笑みでフレアはラズロの手を引いた。 いきなり手を引かれ驚いたラズロはあっさりと椅子から立ち上がる。 「フレア、紅茶……!」 「父さんを呼んでくるだけだもの、平気よ」 すぐそこの部屋に呼びに行くのだからと、フレアはさらに嬉しそうに笑った。 ラズロは最初はぱちぱちと瞬きしていたが、そんなに時の経たないうちに目を細め、その顔に今度はとても分かりやすい笑みを浮かべた。 「父さん!」 「リノさん」 二人の子供の声が、夜の船の中に響いた。 |