彼女は。ティル・マクドールは、腰まであった黒髪をばっさりと切った。それは父との決別のためだと言うが、彼女は綺麗な長い髪にどんな願をかけていたのだろう。
勿体無いな、とラズロが素直に口に出せば、ティルはまだ女性になりきれない、どこか幼い顔を歪める。
「どうせまた伸びる」
「あれくらいまで伸びるのは何年もかかるし、あれだけ綺麗ならちゃんと手入れもしてたんでしょ?」
「あなたには関係ないでしょう」
ここ最近ティルの面倒をみていたのは自分なのだけれど。そうラズロは思ったが、過去の経験から口には出さない。
起きて来るのがいつもより遅いなと思って部屋を訪ねたら、ティルは切り落とされた黒髪の中心で佇んでいた。どんな怪談だとラズロでさえ半端ではない衝撃を受けたのだから、少しは周りの人間のことを考えてほしい。クレオなんて、髪を切った理由を聞いたとき泣きそうな顔をしていたのだから。
「せめて誰かに頼んで欲しかったな、ぼろぼろだよ」
「ラズロは長いほうが好きなの?」
「短い髪の子も長い髪の子もそれぞれ魅力があって素敵だと思う」
「……」
「そんな目で見ないでくれないかな、ほら、前向いて、私そんなに髪切るのは上手くないんだ」
ラズロはティルの視線を受けながら自分の前髪を掴んで見せた。ラズロの一部分が少し長い前髪と、きっちり揃っている後髪は自分で切ったが故の産物だ。昔からの癖で、切るたびに直そうと思うのだがどうしても同じ髪型になってしまう。
「この酷さならどんな風に切っても平気だよ」
「でも女の子なんだし、なるべく綺麗に男の髪型にはしないであげたいんだけど……段がついちゃうかな、前髪はそのまま揃えればいいけど」
「ラズロに任せる、ばっさり切ってくれて構わない」
「お嬢様とは思えない発言だね、もうばっさり切ってるし」
しかし、言葉にも行動にも、生まれつきとしか言えない品が見えるのがティル・マクドールという人である。
「元々軍人のお嬢様だし、今は軍主だから」
ラズロに向かってティルは微笑む。しかし可愛らしいというよりは、女の子に対して失礼かもしれないが、王者の風格が漂っている。
「……好みで切っちゃうよ」
「ラズロの?」
「うん」
「光栄」
本当にどうしてくれようこのお嬢様。ラズロは小さくわざとらしく溜息を吐いてから、ざんばらになってしまっているティルの髪を梳いた。


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