「兄上ばかりずるい」 突然何を言い出すかと思えば、兄が大好きな少女には珍しい兄に嫉妬する言葉。 ラズロは唐突に吐き出された言葉に首を傾げ、少女はラズロの反応に頬を膨らませた。 ゆびきり 「リムスレーア様……?」 「そのような呼び方をするな! 今は、ミアキスもおらぬ」 「リム様?」 流石に次期女王を呼び捨てにするわけにはいかない。しかしリムスレーアはラズロに他人行儀に呼ばれるのを、立場の違う遠い人として扱われるのを嫌った。 そんなリムスレーアのために二人で決めた約束。二人きりの時は呼び方だけでも、もう少し近づく。 本当は、様、なんていらないとリムスレーアは思っているのだがラズロは譲らない。俺を殺すおつもりですかと言われれば、何も言えなくなってしまう。 「兄上はずるいのじゃ……わらわもラズロに頭を撫でてもらったりしたい」 「それは……やってしまったら首が飛びますから」 「ずるい」 「も、申し訳ありません……」 家族、もしくは婚約者以外の男性はリムスレーアに触れてはいけない。もし破れば、首が飛ぶようなことだ。 それがなければ、いくらでも頭も撫でるし抱き締めたいくらいにラズロはリムスレーアを溺愛している。その感情は、父が子を思う感情に似ていて。 リムスレーアはラズロから向けられるその感情にも多少不満を抱いているが、己の立場を考え嫌われるよりはと思い口にしていない。唯一、ミアキスにだけはその幼い恋心がばれてしまっているが。 「相変わらず乙女心の分からぬ奴め、ならば婿になる、くらい言えぬのか」 「無理です、どうやっても釣り合いません」 「わらわの婿決めは闘神祭、ラズロの力量ならば問題などなかろう、釣り合わぬなど父上という前例がある」 ほら、ひとつも問題などないと胸を張るリムスレーアにどうしたものかとラズロは困ったように笑う。 リムスレーアの父親であるフェリドは、たしかにどこぞの馬の骨とも知れない人物だったかもしれない。しかしフェリドは群島ではそれなりの立場にあるべき者だ。本当にどこぞの馬の骨とも知れないラズロとは違う。 もし過去に、英雄と呼ばれた人間だとしてもだ。今、それを正しく知る人間はいないだろう。 (不老だしな……結婚とか出来ないよな、結婚だけならまだいけるかもしれないけど子孫を残さなきゃいけないなら絶対無理……、そもそも犯罪じゃないか? 百歳越えが女の子に手を出すって) たとえそれが、娘を他の男にやるくらいなら自分が娘と結婚する! といった行き過ぎた父性愛からくる考えであってもラズロは真剣である。 しかし真剣に考えるほど問題が出てくるのが、ラズロという人の道から外れてしまった者で。そうして悩むラズロを見て頬を膨らませ、ラズロの事情を何も知らない純粋な姫が、聞いておるのか! と叫ぶのを見てラズロは溜息を吐くしかない。 (無理だ、問題が多すぎる) リムスレーアが王女でなければ、女王になる者でなければ、多くの者を背負う者でなければ、攫うこともできたのに。 「な、なんじゃその態度は!」 「リム」 紅茶の入ったティーカップの乗るテーブルを越えて、ラズロはリムスレーアに向かって手を伸ばす。そのまま壊れ物を扱うように後頭部に手を添えた。 (さらさら) 父親譲りの髪色。おそらく母親譲りであろう髪質。 ゆっくりと体を乗り出し、額にひとつキスを贈った。 「な、な、な……ッ!」 「内緒ね?」 顔を真っ赤にさせて。言葉にならない音を繰り返すリムスレーアに、いつものように微笑みながら。今度は髪の一房にキスをして。 昔、今のように身分は違ったけれど、互いに親友と呼び合った彼が教えてくれて。何度もやった約束が少女とはできないから。 ゆびきり、約束の代わりに誓いを。 「攫いにくるよ」 だから待ってて。愛しい子。 最後に優しく頭を撫でてラズロは笑った。 和本様へ! |