進撃の巨人 | ナノ



学生時代から近しかった友人が恋人と別れたらしい。
とても仲が良く気の合ったお似合いのカップルだったから、その話を聞かされた時、アニはただ驚くばかりだった。
些細な喧嘩が招いた破局。あっけない、幕切れ。半泣きの友人がヤケクソ気味にカラオケを熱唱する横でアニは一抹の不安に駆られた。

――私とアイツも、いつか終わるのかもしれない。

アニにはエレンと言う名の恋人がいる。
高校時代、部活の後輩だった彼に告白された事がきっかけで付き合い始めた。
高校卒業後アニは就職、エレンは大学に進学と、それそれが違う道を歩み始めた今も関係は続いている。
自分の中に『恋人のエレン』という存在がいるのが当たり前の生活。
自分と彼がいつか別れるかもしれないという可能性を、アニは考えた事もなかった。

「アンタも気をつけなさいよ」
「……私達は別に大丈夫だよ」
「うん。あたしも3日前まではそう思ってた」

粗方の悲しみと鬱憤を歌に乗せて吐き出し終え、最後に物騒な捨て台詞と忠告を残し、友人は帰って行った。
アニも最寄りの駅へと歩いて向かう。途中、ぱらぱらと降り始めた小雨がアニの沈みかけた気分に拍車をかけた。

――そういえば、最近エレンと会えてない。
――下らない事で口喧嘩もした。随分前の事だけど結局謝れてないし。
――大学、楽しいって言ってたな。もしかしたら私がいない所で他の女の子と仲良くしてるのかも。

考えれば尽きない不安に悶々としていると、いつの間にか乗り込んでいた電車はいつの間にか目的地に辿り着いていた。
電車を降りてプラットホームに出ると小降りだった雨は、今や轟音を立てる暴雨と化していた。
跳ねる水飛沫に湿ったズボンが気持ち悪い。
ただでさえ憂鬱な気分に追い打ちを駆けられたようで、アニはらしくもなく溜息を吐いた。

「傘持ってないっての」

近くのコンビニで買うしかないか、と思い立ち、踵を返した時の事である。
ブーッ、というバイブ音と共にズボンのポケットの中から振動が走った。
着信を知らせる携帯を取り出したアニは、ディスプレイに表示された名前にギョッと目を見開く。

「……もしもし」
『よう。久しぶり』

通話ボタンを押せば、電話越しに聞こえるエレンの声。
やけに声音が弾んでいる気がするが気のせいだろうか。彼の言う通りしばらく振りなので自信がない。その事が妙に悲壮感を誘った。

「うん、久しぶりだね」
『何だ?やけに落ち込んでるっつーか、元気ねぇみたいだな』
「そんな事ないよ」
『嘘付くなって。当ててやるよ、さては傘持ってないんだろ?』
「……アンタ、今どこにいるの」

不思議な事に、絶え間ない雨の音は電話の向こうからも聞こえているようだ。
更にエレンの得意げな声の調子が気になってアニは尋ねた。胸に微かな期待が灯る。
エレンの返答は、アニの期待に応えて見せた。

『後ろ、見てみろよ』

向かいのプラットホームでは、折り畳み傘を掲げたエレンが得意げに笑っていた。





******





「ちょっと講義が長引いてさ、雨で電車も遅れたし。付いてねぇな、って思ったトコにお前見つけたんだ」

ぴったり、真横に密着したエレンが楽しげに語るのをアニは黙って聞いていた。
雨が降りしきる夜道を歩く二人は一つ傘の下。それ程大きな物ではないので、かなりの密着を強いられている。
これでもかとばかりに感じるエレンの体温が、アニには気恥ずかしくて仕方がなかった。

「……ねぇ」
「ん?」
「ちょっと、くっつきすぎじゃない?」

確かに自分達は正式に付き合っている仲である。
しかしこんな人の目も気にせず積極的にいちゃこらこく様な事は、二人の性格上、今まで皆無にも等しかった。
それが今日はどうだろう。エレンはコンビニで傘を買うと言うアニを強く制して相合傘を強要した。
揚句、がっしりと腰に回されたエレンの腕。流石のアニも違和感を覚える。

「だって濡れちまうだろ」
「だからって」
「ほら、もっと寄れって」

腰に巻きついた腕に力が籠った。
余りにきつく抱きしめてくるものだからアニは息苦しさすら感じて、小さな声で抗議する。
しかしエレンが腕を解く気配は一向に見られない。

「アンタ、ちょっとおかしいよ」
「はぁ?そんな事ねぇよ。そういうアニの方が落ち込んでるみたいじゃんか」
「誤魔化すな。正直に話しなよ」
「いててっ!分かった!分かったから離せ!」

手の甲を軽く抓ってやればエレンはあっさり音を上げた。
痛みに涙を浮かべて、しかしアニを離すような事はせず、エレンは囁くように語り始める。

「その……大学の友達が彼女と喧嘩したらしくてさ」
「え、」

ドキリ、と心臓が脈打つ。珍しく露骨に動揺を見せたアニに気付かず、言葉を続けるエレン。

「相談されてる内に俺も不安になって来てよ。……ほら、大学に入ってから、しばらく会えてなかったから」
「………私も同じだ」
「え?」
「私の友達も彼氏と別れたってさ。それでアンタも気を付けろ、だと」

驚いたとばかりに目を丸くするエレンは、きっと一瞬前の自分と同じ心情なのだろう。
間抜けな顔を晒す彼が無性に愛おしく思えた。

「気を付けろって何だよ。言っとくけど俺は別れるつもりなんてこれっぽっちもねーぞ」
「……っ。アンタは、またそういう事を躊躇いもなく」
「何だよ。アニは俺と別れても良いって言うのかよ」

詰め寄ってくるエレンの表情は必死で、餌を求める犬のようにも見える。
不安に揺れる瞳を見つめ返し、アニは一時でも自分が彼との関係を疑った事を後悔した。
有り得ない。こんなにも愛おしい彼と離れるなんて、絶対に有り得ない。

「良い訳ないだろう」




ずっと、一緒




小さな声は雨の音に呑まれて消えた。










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