進撃の巨人 | ナノ



エレン・イェーガーにとって、それは初めての感覚だった。

腰から下を熱い衝動が幾度となく駆け抜ける。
何だろう、これは。熱くて、苦しくて……そして気持ちいい?
蕩けるような、痺れるような。ひどく曖昧な感覚だったが、エレンはその感覚をもっと味わっていたいと願った。

「ぇ、れんっ……エレンっ」

誰かが名前を呼んでいる。
聞き覚えのある声だ。だけど彼女がそんな声を出せるなんてエレンは知らない。
本当の彼女の声は、鈍く光る刀剣のように冷え切っている筈だ。

「アニ……っ」

名前を呼んだ。彼女の為にある、彼女の名前を。瞬間、先程から断続的に感じていた衝動が一際強くなった。
苦しい。苦しいけど――その苦しさがたまらなく心地よい。
それは限界まで我慢していた小便を出す時の感覚に似ていた。それよりももっとずっと熱く、激しく、快感に満たされてはいるが。

「あぁぁぁぁ……っ!」

エレンとアニ、二人の悲鳴が絡み合って融けて行く。
あれだけ凄まじかった熱はふっと消え、代わりに今までの比にならない快楽がエレンを包みこんだ。


目を開ければ、視界に映ったのは見慣れた殺風景な天井の景色だった。
当然エレンは混乱する。どうして宿舎にいるのか。さっきまで自分は別の場所にいた筈――それがどこかは思い出せない。
それに何より、アニが一緒にいた筈だ。
彼女の姿を探そうと上体を起こした時、エレンは下半身の違和感に初めて気が付いた。

――なんだ。なんか気持ち悪い……濡れてる?

まさかこの年になって小便でも漏らしたのだろうか。
嫌な想像に駆られ、慌てて確認の為に片手で下着の中を探る。
ぬちゃっ、と液体にしてはやけに粘着質な何かに触れる。引き出して見ると、白くて粘々としたものが指と指の間で糸を引いていた。
瞬間、エレンは理解する。アニ、夢、この白い何か。

「……ウソだろ」
「う〜ん、もう朝ぁ?」

愕然として言葉を失くすエレンの隣で、アルミンが寝言をぼやきながら寝返りを打った。





******





「どうしたの、エレン?何か元気なくない?」
「いや……何でもねぇよ」

時間は経ち、訓練兵達が集う朝食の席。
エレンは朝からずっと心ここに在らずといった様子だった。
口では否定しているものの、彼の様子がおかしい事は付き合いの長いアルミンから見れば一目瞭然である。

(くっそー。なんて夢見ちまったんだよ、俺)

アルミンから心配されている事にも気づかず、エレンはひたすらに罪悪感に苛まされていた。

(よりにもよって何だってアニなんだ。あれじゃまるで、俺がアニの事を……)

アニとは対人格闘術の授業の一件以来、何かと接する機会が多かった。
しかしエレンは一度もアニを異性として意識した事はない。少なくとも、彼の自覚する範囲では。
だからこそエレンは驚愕していた。夢とは、人の深層心理に潜む願望の表れだという。自分は心の奥底で、アニとあんな事をしたいと願っていたのか……--。

「あ、おはよう。アニ」
「アニッ!?」

悶々と悩み続けるエレンは、隣のアルミンの言ったその名に大声を上げて飛び上がった。
朝食を乗せたトレイを手に持つアニと目が合う。
普段は無言の威圧感を含んだ瞳が、エレンの突然の奇行に驚いたのか少々丸みを帯びていた。

「……何。人の名前大声で呼んで」
「あ……いや、その」
「ここ、いいかい?アルミンに今日の座学の試験について訊きたい事があるんだけど」
「僕?良いよ、どうぞ座って」

エレンが何も言う間もなく、アルミンの了承を得たアニは彼の向かいに腰かけた。

「どうしたのさ、エレン。早く座りなよ」
「お、おう」

アルミンに促されエレンも席に着く。
ぎこちない動きでパンを齧りながらも、その視線はアルミンに幾つかの質問を投げかけるアニの顔に注がれていた。

(確かに、意識して見ればわりと可愛い顔してるよな)

切れ長の瞳に、すっと筋の通った鼻。いつも纏めている為に分かりにくかったが、その髪は艶やかな光沢を持って触れば心地良さそうだ。
冷淡な態度や言動を差し引いて考えれば、アニは十分に美人と言っても良い部類の女子であった。

(優しいアニってのも何か変だけど)

ぼんやりとその横顔を眺めていると、不意にアルミンに向けられていた筈の視線がぐるり、とこちらを凝視した。その迫力に思わず息を呑む。

「いっ」
「さっきから人の顔をじろじろ見て、何か用?」
「あ、いや、その……何つーか」
「エレン?」

しどろもどろ、慌てふためきまともな言葉も出せないエレンを、アルミンが心配そうに見つめる。
一方でアニの表情は普段以上に固い。絶対に、変な奴だと思われている。
何か言わなければ。しかしどうした事か、声帯がまともに機能してくれない。どうして、いつもはアニとも普通に話せるのに。

(ちくしょう!これも全部あの夢のせいだ……!)

アニと顔を合わせると、夢で見たあの恍惚に満ちた厭らしい表情がフラッシュバックされる。
忘れようと思っても脳がまるでエレンの意志を拒否しているかのようだ。

「お、」

無理に何か言おうとした結果、エレンはとんでもない事を口走ってしまった。

「お前って、けっこう可愛い顔してるよ、な?」

しーん、と周囲が不気味なほどの静けさに包まれた、とエレンは思った、
実際には静まり返ったのはその場にいたアニとアルミンの二人だけで、それほど大きな声でもなかった事が幸いして周囲の皆は何も気付かず、いつも通りに過ごしていたのだが。

「……は、」

小さな沈黙を破ったのは、アニだった。

「どうしちゃったの、アンタ。何か変だよ」
「え……あ?」
「エレン、ほんとに大丈夫?熱でもあるんじゃないの!?」

本気で心配している様子のアルミンにエレンは「違う」と言いたかった。
それが何に対しての否定なのかは彼自身定かではなかったが、ともかく彼がしたかったのは現状の否定だ。
だっておかしい。こんなのは自分じゃない。普通じゃ、ない。

「い、今のはまちが、」
「どれ」

向かい側に座っていたアニが身を乗り出すと、彼女の手が素早くエレンの額を捉えた。
「ひぇっ」と喉から悲鳴とも呻きともつかない奇妙な音が漏れる。
間近に迫ったアニの艶のある唇が動くのが、至近距離で良く見えた。

「熱はないみたいだけど。一応医務室に行ってみたら」
「お、おう?」
「じゃあ私もう行くから。ありがとう、アルミン。参考になったよ」
「うん、どういたしまして」

僅かに残っていた朝食を近くに座っていたサシャに寄付すると、アニはとっととその場を歩き去った。
離れて行く小さな後姿を呆然と眺めるエレンに、アルミンがおずおずと声をかける。

「エレン、医務室行く?」
「……なぁ、アルミン。相談があるんだけど」
「う、うん?何?」

ぐるん、とエレンはアルミンを振り返った。目が、完全にイっていた。

「俺、アニの事、好きかもしんない」
「ふぅん。それはまた……はい!?」



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気付いてしまった、彼女の魅力。










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