進撃の巨人 | ナノ
「何だよこれ」
言ってからエレンはしまったと思った。
机を挟んで向かいの席に座るアニ。俯いて顔を伏せた彼女の肩が小刻みに震えている。
それは怒りからか、或いは羞恥からか――どちらにせよ今の発言は失言であった。
「たまご、やき」
「え?」
「玉子焼き……のつもりだったんだけど」
どこのダークマターだよと反射的にツッコミそうになった口を慌てて閉じる。
初めてアニと過ごす朝、浮かない顔の彼女が持って来たのはプスプスと黒煙を吹く、炭のような物体の乗った皿であった。
逆によくここまで見事に焦がせた物だとエレンは感心する。
「えーと、」
「無理しなくて良いよ。完全に失敗だ」
「いや、別に無理とか」
「気を遣わなくて良いって」
どうやらアニは怒っているのではなく、恥ずかしがってる様子だ。
しかしそれ以上に落ち込んでいる。垂れ下がった前髪からチラリと見えたその瞳は、涙に濡れて揺れていた。
「ごめん……私、料理とかした事なくて」
下げるね。
最後にそう言って、アニは出したばかりの皿に手を伸ばす。
その手を寸前でエレンが掴み引き留めた。
「下げんなよ。食わないとは言ってねぇだろ」
「……だから、無理しなくても」
「うるせぇ、恰好付かねぇだろうが」
ここでアニの料理を食べなければ男が廃る。決心したエレンはアニの制止も聞かず、彼女曰くの『玉子焼き』を勢いよくかっ込んだ。
愛しい彼女の手前、エレン・イェーガーは文字通りに恰好付けた。
その代償に半日を丸々トイレのお世話になる事となったが、アニの為ならと思えば安い物である。
******
「ごめん」
後に友人達の間で『エレンの胃袋殺害未遂事件』と名付けられた一騒動の翌日。
昼食の席で、既製品の冷凍パスタを啜るエレンにアニがぽつりと謝罪の言葉を口にした。
「何を謝ってんだ、らしくねぇな。昨日の事ならもう気にすんなって」
「………ん」
「でも確かにあのままじゃちょっとな。だからさ、練習しようぜ」
「練習?」
沈んだ表情から一転、怪訝そうに眉根を寄せるアニに、エレンは歯を見せて笑いかけた。
「俺も料理とかさっぱりだしさ。どうせなら二人一緒に上手くなろうぜって話」
「……どうやって」
「いくらでもやりようがあるだろ。本とかネットとか、何なら料理教室みたいなの探して仲良く教えてもらおうぜ」
何か困った事があれば二人一緒に。
これはエレンとアニが付き合い始める時に交わした約束の一つ。二人のルールである。
あぁ、私はこの男のこういう誠実な所に惚れたのだと、アニは柄にもなく胸を打たれた。
「い、いいよ。別にわざわざ料理教室なんて……恥ずかしいし」
「は、はぁ!?恥ずかしいってお前それどういう意味だよ!」
「でも……二人で練習するって言うのは、賛成」
言葉が尻すぼみなのは照れているからなのか。
何にせよ、そっぽを向いたアニの頬が紅潮している様はたまらなく可愛らしい。
とりあえずの承諾を得て、エレンは張り切った様子で声を上げた。
「おし、じゃあこれ食ったら二人で本屋でも行くか!」
「……うん」
ベストパートナー
いつでもどこでも、二人で一緒。
[prev:next]
[top」