進撃の巨人 | ナノ



声が、聞こえるんだ。

――兵長!リヴァイ兵長!

アイツの声だ。二度と聞く事のない筈の声が、俺の名を一心に呼び続ける。
おかしな話だろう?声は聞こえるのにそこにアイツはいないんだ。声だけが頭の中に木霊する、虚しい音色を奏で続けている。
人類最強が聞いて呆れたものだ。たった一人の女を失った――ただそれだけで、こんなにも参っちまう。
所詮俺も変わらない。一般人や自分達の保身にしか興味を示さない王族、そして度重なる戦いで命を落として行った仲間達と。
飛び抜けて腕が立つ事だけが取り柄の、一人の人間に過ぎなかったんだ。

「帰れ」

脱いだばかりのコートを押し付けて言えば、目一杯見開かれた漆黒の瞳が俺を見上げる。
驚いて、そして信じられないって顔だな。
一見すれば冷徹にして冷血なこの少女にも、年相応らしい一面があると悟るのに時間はかからなかった。それと時を同じくして、俺はいつの間にか本気で彼女を愛していた事に気付く。
そしてその時、俺は思い出したんだ。

「聞こえなかったのか。帰れ」
「……体調が優れないのですか」
「違う」
「では何故」
「飽きたからだよ」

俺は馬鹿だった。確かに疲弊はしていた。身体がではなく心が、精神が。
どうしてあの時、この少女の申し出を受け入れたのか。どうしてあの時、この少女を抱き締めてしまったのか?
普段の俺ならあんな選択はしなかった――そんなガキのような言い訳をするぐらいには、やはり俺という人類最強はただの人間に過ぎないのだ。

「本気だと思ったか?お前みたいな乳臭い子供相手に、俺が?」
「っ……!で、もっ」
「お前だって同じだろう。いつ死ぬか分からないこの生活……どこかで。何かで。気を紛らわせたかっただけなんだろ?」
「違います!私は兵長の事を本当に」
「お前の心にあるのは俺じゃねぇ。エレンだ」

まるで言い聞かせるように。彼女に嘘を付き、そして自分自身にも嘘を付く。
知っている。分かっている。お前の想いも気持ちも全部分かっているよ。だからこそ、俺達は互いに傍にいちゃいけない。
これ以上お前は俺を愛してはいけない。これ以上俺も、お前を愛してはいけない。

「帰れ……。そして、二度とここへは来るな」

なぁ、ミカサよ。昔の事だ。俺はお前を愛するようになる以前にたった一度だけ、一人の女を愛した事がある。
彼女は殺伐とした戦場に相応しくない、一輪の花の如く可憐で美しかった。良く笑い、良く喋り、皆から慕われた彼女はお前とは似ても似つかない。
好きだった。愛していた。他人を傷つけてばかりだった俺が初めて他人を護りたいと思った。
けれど彼女は死んだ。あの森の戦いで……お前も居合わせた、あの場所でだ。
同僚の死は幾度となく見た。仲間の、部下の、上官の死に行く様を見る度、俺の胸には弔いの意志と憎悪の炎が燃え盛る。
しかしあの時、物言わぬ屍となった彼女の、何も映さぬ瞳を見た時――俺は。

「もう終わりにしよう。ミカサ」
「……いや、です」
「茶番は、終わりだ」
「違う!!」

あぁ、知っている。

「私は……私は決してそんなつもりじゃない!貴方にとっては茶番でも、私にとっては!」

知っているとも。だから、だからこそなんだ。

「私は……!貴方の事を!」
「聞きたくないッ!!」

もう止めてくれ。俺は弱い。本当は途轍もなく弱い、ただの一人の男なんだ。
その弱い俺にもうあんな思いをさせないでくれ。二度と、あの絶望を味あわせないでくれ。
耐えられない。調査兵団として戦い続ける以上、"あの時"は必ず再び訪れる。だからもうこれ以上は駄目なんだ。進んではいけない。踏み込んではいけない。

「すまない、ミカサ」

見れば、彼女の頬はその大きな瞳から零れ落ちる涙に濡れていた。
それを見て俺は理解する。やはり彼女も俺と同じ。所詮は、ちっぽけで弱い一人の人間に過ぎなかった。




鳥達は地に堕ちる




お前の事を愛している。だから俺の前からいなくなれ。










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