進撃の巨人 | ナノ
忘れてしまいたい。
エレンはシガンシナ陥落事件の時、実の母親を巨人に食われ失ったのだと言う。
だから兵士を目指すのだ。だから力を欲するのだ。全ての、ありとあらゆる巨人を一匹残らず駆逐する為に。
彼の話を聞いた時、冷え切った私の心はこう願った。
――忘れてしまいたい。
全部、全部忘れたい。自分の正体を、背負った使命を、犯した罪深い業を。
きれいさっぱり跡形もなく消えて無くなれば良い。そうすれば私は彼の傍にいられる。この耐え難い苦痛に心を乱される事もない。
心置きなく、彼を愛する事が出来るというのに。
「アニ、好きだ」
彼は私を愛してくれる。本当の私を知らず、偽りに塗れた私を好きだと言ってくれる。
嬉しかった。嬉しくない訳がない。私も彼を愛しているのだから。しかしそれ以上に痛かった。苦しんだ。心が潰れそうだった。
私が――私達は彼の憎むべき敵なのだ。彼の大切なモノを奪い、夢を奪い、希望を奪い、憎悪と悲しみの底へ沈めた。
揺るがない事実は、彼を愛する私の心をがんじがらめにして縛り上げる。許すものか、許されるものか。自分の罪を、自分が何者であるかを忘れるなと警告するように。
おかしくなりそうだ。いや、いっそおかしくなってしまいたい。
理性を捨て、ただの獣と成り下がっても構わない。彼の傍にいられるなら、私には正気だって必要ない。
「アニ?」
「……、なに」
「何で泣いてるんだよ?」
あぁ、それはねエレン。私が貴方の敵だから。そして私が貴方を愛しているから。
痛い。痛いよ。心が張り裂けそうなぐらい痛い。もし全部忘れられれば、きっとこの痛みも消え失せてくれるのに。
「何でもない」
エレン。私は、本当の私は貴方が想ってくれているような女じゃない。人でもない。
化け物、そう化け物だ。化け物に愛は似合わない。化け物である私に貴方を愛する事は許されない。何より貴方が許してくれない。
あぁ、エレン。本当の私は酷い化け物なんだ。本心を隠すための偽りの姿で貴方に愛され悦びに浸っている。大好きな貴方を誰よりも苦しめている。
「私も好きだよ、エレン」
罪人
それでも貴方への愛を語る私は誰よりも罪深く、そして卑怯者なのだ。
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