進撃の巨人 | ナノ



「御免なさい」

返って来たその言葉を聞いて、俺は悲しみもしなければ失望もしなかった。
ただ――あぁ、やっぱりな。奇妙なぐらいの納得感。あるのはそれだけ。それだけしか、ない。

「ジャン、貴方の気持ちには応えられない」

淡々と、まるで用意された原稿を読むかのように迷いのない口調で彼女は語る。言葉と同じでその表情にも色はない。
同期の連中からは「何を考えてるのか分からない」と不気味がられていた彼女のポーカーフェイスだが、俺にいわせりゃ最高にクールな彼女の性分を良く表している、彼女の魅力の一つに過ぎない。
風が吹けばさらりとなびく黒髪も鍛え抜かれた女らしからぬ肢体も、全部が全部、魅力的だ。
けれどその魅力は決して手の届かない所にあって。俺なんざが触れるなんて……増して自分のものにするなんて絶対に有り得なくて。
それが許されているのがあの忌々しい死に急ぎ野郎だなんて、タチの悪い冗談だ。

「そう、か」
「…………」
「そうだよな。そっか、分かった」

いや、違う。俺は昔から分かってたんだ。知ってたんだ。
彼女が首を縦に振る訳がない。俺がエレンに勝てる筈がない。この想いが報われる時は来ない。答を知っていて、それでも言わずにはいられなかった。
傍目から見りゃ馬鹿の極みに見えるだろう。でももしかしたら、なんて思っちまったんだ。思わずにはいられなかったんだよ。

「すまねぇな、ミカサ。休憩時間に呼び出して、こんな話を聞かせちまってよ」
「……いえ」
「何か白けちまったな。本当にすまん。今の話は――」

忘れてくれ。
そう続けようとした。けど、その短い言葉を口にする事が出来なかった。

違う。本当は忘れて欲しくなんかない。報われなくても良い、応えてくれなくても良い。
ただ君に知っていて欲しい。馬鹿な俺が抱いた救われる事のない想いを。俺は確かに君が好きだったという事を。
どうか忘れずに心に留めて置いて欲しい。君にとっては道端の石ころよりどうでも良い事かもしれないけれど、それでもこれだけは。

「……それじゃあ、な。明日からもよろしくな。その、普通の同期として」

殺伐とした訓練兵時代に芽生えた小さな恋は、たった今終わった。
もう君を想う事はないだろう。君を目で追う事も、君とエレンが一緒にいて嫉妬に駆られる事も、君を想い眠れない夜を過ごす事もない。
ただ、これだけは確かな事実だ。
俺はミカサ、お前の事が好きだった。

「――ジャン」

彼女に背中を向け、逃げるように立ち去ろうとした時の事だ。
女の子の声が聞こえた。いつもの無機質な彼女のそれじゃない、色艶めいた年頃の少女の声。まるで俺を呼び止めるように、俺の名前を呼んだ。

――懲りねぇな、俺も。

この期に及んでまだ幻想に浸ろうというのか。在りもしない夢に逃げようというのか。
無意識に口から洩れた自嘲的な笑い声は、今日も青く澄んだ大空に吸い込まれるように消えた。




零れたのは笑い








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