進撃の巨人 | ナノ



「エレン、行こう」

少女が差し出した小さな手。
すぐに握り返す事が出来なかったのは、少年の心に迷いと葛藤があったからだ。

目の前にはずっと望んでいた世界があった。
行く手を遮る壁のない、広い広い広大な世界。未知に溢れる、少年が夢にまで描いた理想郷。
暁の照らす地平線の果てにはきっと想像も付かない、素晴らしい光景が待っているのだろう。

けれど少年は踏み出せなかった。
残してきたものが多すぎる。捨ててきたものが多すぎる。
少女と共に世界へ踏み出すという事は、それらを裏切り踏みにじるのと同義だ。
真っ直ぐな少年らしい、純粋な罪悪感と恐怖心。見えない鎖に絡め取られ、少年は身動きの一つも出来ない。

「行こう」

少女がもう一度言った。鎖が一、二本と断ち切れる。

「アンタが見たがってた世界がこの先にあるんだ」

少年はかつて、幼馴染が語ってくれた"世界"の話を思い出した。
砂の雪原、氷の大地、炎の水。どれもが少年の心をときめかせる、輝かしい宝だ。
願わくば、その幼馴染も共に。共に夢を語り合い想像を膨らませあった親友と、その素晴らしい宝の数々を目に焼き付けたかった。
しかしそれは叶わない。少年の隣にいる事が許されるのは目の前の少女だけだからだ。

「私が一緒にいる」

少女は言った。少年は顔を上げた。
残る鎖を力ずくで引きちぎる。心が痛んだ。思い出が悲鳴を上げた。
その全てと決別し、少年は一歩前進する。少女の言葉がくれた勇気を頼りに、世界へ一歩踏み出す。
差し出された少女の手を握り返し、二度と離さないよう力を込めた。

「行こう、アニ」

少女は微笑んで頷いた。
少年と少女、手と手を繋いだ二つの影は果てなき道をゆっくりと進み出し、そして遂には暁に呑まれ見えなくなった。




新しい世界へ




待ち望んでいた夢の世界を、君と一緒に生きて行く。









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