悪魔と少女と | ナノ







「寄り道せずに支部に帰るんですよー!」

とぼとぼと支部への道を歩いて行く東条の背中に、葵は大声で呼びかけた。
さて、次は突然姿を眩ました例の鈍感悪魔を探さなくてはならない。
次々と降ってくる問題に浅く溜息を付いて振り返った葵の視界に、予想だにしなかった光景が飛び込んで来た。

「……何やってんの」

ペットショップのショーケースのすぐ横、立て掛けられた看板の影に男鹿はいた。
看板から顔だけを覗かせた彼は何を警戒しているのか、周囲をキョロキョロと見渡している。
真昼間の公道だというのに清々しいまでの不審者っぷりであった。

「あいつ、もう行ったか?」
「東条先輩のこと?アンタ、あの人を知ってるの?」
「お前んとこの同僚だろ」

東条の姿が見えない事をしっかりと確認し、男鹿は看板の後ろから這い出て来た。
珍しくその表情には焦りの色が浮かんでいる。

「あの野郎とは前に一度、やり合った事があんだ。阿保みたいに強ぇモンだから覚えてる」
「戦ったって……先輩と!?」
「蝿王のオヤジに言われて、裏切ったっていう悪魔を叩こうって時にな。任務帰りの奴と偶然鉢合わせしたんだよ」

東条との死闘を思い出してか、焦るのと同時に興奮したような口調で語る男鹿。
その横で葵は無意識に息を吐いていた。安堵の溜息である。当時の男鹿が東条を――エクソシストを意図的に襲撃したのではないかと勘繰ったのだ。

「ったく、そういう時は相手しないで逃げなさいっての」
「だから今は隠れたんだろーが。お前も一緒にいる事だしな」
「………っ!」

お前も一緒にいる事だし⇒お前との時間を邪魔されたくない。
普段通りのポーカーフェイスを保ったまま男鹿がさらりと口にした言葉は、葵にはこう聞こえていた。
その場に蹲り身悶える彼女に、男鹿は引き気味に尋ねる。

「腹でもイテェのか?」
「なんでもない!何でもっ!」

最早妄想と言っても過言ではない勘違い。
恥ずかしすぎてもう自分なんか失神してしまえとすら願う。

(うぅっ、やっぱりコイツと一緒だとどうにも調子が狂う)

こんな有様ではいよいよ重症だと頑固な葵も認めざる負えなかった。

「にしてもアイツ、お前の先輩だったのかよ。悪い、少し迂闊だったな」
「………何が?」
「良く考えてみりゃここは西方支部の目と鼻の先だもんな。俺はまだしも、お前は俺と一緒に誰かといるところを見られたら困るんじゃねーか?」
「あぁ、今更ね」

本当に今更だった。しかし葵自身、その危険性を悟ったのは東条との遭遇と言う非常事態の後だったりする。
本来の自分ならこんなケアレスミスは絶対に犯さなかっただろうに、という自覚はあった。
それは男鹿も同じなのか、彼の謝罪の言葉はいつになく真剣味を帯びている。

「何つーか本当にすまねぇ。お前の都合を全然考えてなかった」
「ちょっと何よ。いきなり腰低くしてそんな」
「でもよ、ちょっと嬉しいぜ」

にかり。男鹿は少年のような無邪気な笑顔で葵に笑いかけて見せる。

「ちゃんと俺、信用されてんだなって」
「え?」
「正直よ、考えなかった訳じゃねぇんだ。お前が俺を罠に嵌めるとかそういう可能性を」
「は、……何の話よ」

唐突に語り始めた男鹿に、葵は困惑の色を隠せない。
男鹿はそれは大真面目な表情で葵の瞳を見据えていた。まるでこれから、とても大切な話を始めるかのような。
そして思い出す。彼が今日のデートを誘って来た、あの夜の言葉を。

――どうしても話しておきたい事があるんだよ

あの時の男鹿も、今と同じように迷いのない澄んだ眼差しをして葵を見ていた。

「お前を見てるとさ……思い出すんだ」

そう語る男鹿は何かを懐かしむようだった。
男鹿が何を言っているのか葵にはほとんど理解できなかったが、それが彼にとっては重要な事なのだろうというのは分かる。

「ねぇ、男鹿――」
「もう日が暮れんな」

問いかけようとした葵の言葉を遮るように男鹿は言う。

「なぁ、場所変えねぇか?」
「え?」
「最後に――話しておかなきゃならない事がある」

最後――男鹿の言葉に、葵は言い知れぬ不安感と胸騒ぎを覚えた。




「うーん、うんうんうん?」

これは一体どういう事なのだろうか。
道の真ん中で立ち尽くして話す標的を見据えながら疑問に思う。

主人より敵対勢力である蝿王軍が誇る一大戦力『オーガ』の監視を任されたのはつい数刻程前の事である。
サンプルとして採取されていた魔力を頼りにオーガを探し出す事には成功した。
しかし悪魔はもちろん、エクソシスト達にも広く存在が知られている筈のオーガが、真昼間からこんな人間の溜り場のような街を平然と闊歩しているとは。
否、真に注目すべきはそれではない。奴が親しげに話している黒髪の女、彼女は明らかに――

「人間だな、どう見ても」

疑問に思う。何故、あれほど強大な悪魔がこんな街中で人間の女と会っているのか。
そして閃く。これはもしや、想像もしなかった"お宝"への足掛かりではないかと。

「アスタロト様へのご報告は後でも良いかな」

標的達が動き出した。どうやらここより人気のない所へ場所を移すつもりのようだ。
悪魔は細く笑んで、気配を悟られぬよう慎重に二人の後を追い始めた。










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