悪魔と少女と | ナノ







東条英虎。
人間か悪魔かは問わず、その名は広くこの地方に知れ渡っている。
統括司令官である早乙女にすら比肩するとさえ言われる、西方支部における最強のエクソシストの一人。数多の名のある悪魔達を葬り去った豪傑中の豪傑。

その東条が小さな子猫を両手に抱え、にこにこと笑いかけてくるその光景に葵は眩暈を覚えた。

(何でこの人こんな所にいるの……っ!?)

東条は動物だろうがなんだろうが、ともかく小さくて可愛い物に目がない。
噂に聞いていた豪傑らしからぬ彼の趣味について耳にする機会は勿論あった。だが実際に葵がその光景を目の当たりにするのは初めてである為、何ともインパクトが強い。
筋肉隆々、二の腕や胴回りなど正に大木の如き大男がこんな小さなペットショップの一角で子猫と戯れている。悪いとは言わないが、似合わない。違和感がこれでもかとばかりに剥き出しであった。

――いや、今はそんな事はどうでも良い。

葵にとって東条はその溢れんばかりの闘争心に若干の苦手意識こそあるものの、基本的には人当たりの良い、頼りになる先輩である。
普段なら彼がこんな場所にいる所に意表こそ突かれるだろうが、ここまで焦る事はなかっただろう。だが今はタイミングが非情にまずい。
立ち寄ったペットショップで思わぬ邂逅を果たしたのは、西方支部でも屈指の実力を誇るエクソシスト。
そして今、葵が共に行動しているのは――。

(男鹿!)

ここは西方支部を囲む城下の街。ちょっと家の周りを散歩しただけでも偶然同僚と顔を合わすなんて珍しい事ではなかった。
そして自分の立場上、いくら人間への敵意が薄いとはいえ、悪魔と行動を共にしている所などを見られたりでもしたら只事ではない。
自分の迂闊さに後悔の念が押し寄せるが、もう後の祭りだ。

東条はその力こそ強力無比の一言に尽きるが、魔力の察知などの細やかな技術に関してはからっきしだ。
何より男鹿は魔力を隠す事に長けている。葵ですら最初に会った時には、あれだけ長時間行動を共にしたというのに彼の正体に気付けなかった。
それに賭けるしかない。東条に男鹿の正体を悟られる前に、早々にこの場を立ち去る。
葵がどうにか後ろの男鹿に合図を送ろうとするが、それより先に東条の方が声をかけて来た。

「久しぶりだなぁ、邦枝!元気してたか!」
「え……えぇ。東条先輩、遠征の任に就いてたんですよね?」
「おう、さっき帰って来たばっかだ!これから報告に行く所だったんだが、その途中でこのペットショップ見つけてな……。おー、よちよち!かわうぃーなーコイツ!」
「ちょっ!何サボってるんですか!報告が優先でしょ!?」
「ケチ臭い事言うなよ。そういうお前こそどうした?その恰好を見ると今日は非番だろ?ははーん、さては一人が寂しくて猫ちゃん達と戯れに来たな?」
「誰が!いや、確かに可愛いなーとは思いましたけど……ってか別に一人じゃ」

言いかけて、葵は気付いた。
一人?今、東条は自分の事を一人と言ったのか?

「……あれ?」

振り返って見れば、そこにいる筈の男鹿の姿は忽然と消えていた。
いったいいつの間に?店に入った時は確かに一緒にいたし、背後で動きを見せる気配もなかった。一体どこに消えたのだろうか。

「男鹿?」
「どーした、邦枝?猫ちゃん触らないのか?」

東条は何も気付いている様子がない。相変わらず屈託のない笑顔で猫とじゃれ合っている。
何がどうなっているのか分からず、しかし葵はこれだけは言わねばと表情を引き締めた。

「東条先輩。早く支部に帰って下さい」
「えー。めんどくせぇよ、あとちょっと……」
「七海先輩にサボってる事を告げ口しますよ」

ペットショップから東条を叩き出すのに三十秒も掛からなかった。










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