悪魔と少女と | ナノ







悪魔からデートのお誘いを受けると言う前代未聞の出来事を体験したあの日から数日。
終えても終わらない仕事に忙殺される内に日はあっという間に過ぎた。
気付けば今日は土曜日。約束の日のまさに前日である。

「葵ちゃん、何かあったの?」
「はひ!?」

昨日、長期の遠征任務から帰還した静と久し振りに昼食をとっていると、突然そんな事を訊かれたものだから、葵は素っ頓狂な声を上げてしまった。
フォークを手にしたまま固まる葵を見て、静は心配そうに眉を潜める。

「いや。何だかぼーっとしてるみたいだから」
「あ、いや……あの」

確かに突然訪ねて来た男鹿と会ったあの夜から、どこか自分がおかしくなっている事は自覚している。
決して体調が悪いという訳ではない。
ただ本調子が出ないというか、気が抜けているというか……自分を構成する重要なパーツが消えてしまったかのような、奇妙な感覚。

「古市君に聞いたけど、今週ずっとそんな感じなんだって?」
「そ、そんな感じって?」
「頻繁に溜息ついたり、気付いたら窓の外見てたり。って言うか今も見てたし。何だかまるで」

にっこり、と静の顔にそれは爽やかな笑顔が浮かぶ。

「恋する女の子みたいね」
「ぐふっ!?」
「葵ちゃん、きたない」
「すみません!」

吹き出してしまった昼食を拭き取る葵の顔は、隙間が見つからない程真っ赤に染まっている。

恋。慣れないその言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、あの男の顔だった。
しかも意味不明な事を言うあの呆けた表情ではない。あの夜に見せた、真剣な表情。

「好きな人でもいるのかしら?」
「いやっ、いませんいません!今はそんな余裕ないですし!」

全力で首を横に振って否定するが、静の何かを楽しんでいる様な微笑はそのままだ。
何故だろう、この人にはどんなに上手く立ちまわっていくら嘘を並べたところで無駄な気がする。
何だか気まずい気持ちになって、葵が残り僅かなお茶に口をつけたその時だ。

「医療班だ!通してくれ!!」

穏やかな昼時の空気を切り裂くように響く叫び声。
騒ぎのする方を見れば、白い服装に身を包んだ数人の男達が大急ぎで駆けて行くのが見えた。

「ねぇ、何があったの?」
「な、七海隊長!」

静が騒ぎの見物人の一人に尋ねた。
西方支部でも英雄視される隊長の1人に声をかけられ、姿勢を正した男が緊張気味な声で答える。

「蝿王軍の拠点周辺に配置されていた監視部隊の一隊が壊滅状態に陥ったとの事です!」
「監視部隊が壊滅?」

怪訝そうに顔を顰める静の横で、葵は名前も知らない男の口にした言葉に不気味な胸騒ぎを覚えた。

――蝿王軍。
――アイツが、いるところ?

「まだ推測の域を出ない意見ですが……恐らくは、蝿王軍の悪魔に感づかれたのかと」
「そうね。そう思って間違いないと思うわ」
「くそっ!あいつ等、絶対に許さん……!」

悔しそうに唇を噛む男と、それを宥める静。
目の前の光景を呆然と眺める葵の脳裏には、明日会う約束をした悪魔の顔がぼんやりと浮かんでいた。
そして今更のように、彼女は大事な事に気付いく。

(そうだ。アイツは蝿王軍の……敵の一味なんだ)

年端も行かない子どもでも理解出来るような簡単な事に気付かなかった今までの自分が、酷く滑稽に思えた。










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