悪魔と少女と | ナノ








「もう逃げ場はないわよ」

切れかけた電灯だけが照らす路地裏に凛とした声が反響する。
壁を背に自分を睨む悪魔に、脅すように刀を突き付けた邦枝葵が淡々と続けた。

「色欲の悪魔、アスモデウス。多くの人間の女性を騙し、弄び、その命を奪った罪に基づき貴方をここで粛清する」
「クソッ、エクソシストが……!」

悔しそうに歯を軋ませ、鋭く吊り上がった眼に敵意を滲ませる悪魔・アスモデウス。
しかし眼前で立ちはだかるエクソシストの女との力量差はどう足掻いた所で到底埋められる物ではない。

葵が刀を一振りすると、アスモデウスの眼から敵意が消え、代わりに恐怖が浮かび上がった。
しかし次に葵が発した言葉は、恐怖に竦むアスモデウスには余りにも意外な物であった。

「もし貴方がここで改心し、以後二度と誰の命も奪わないと誓うのなら……命だけは見逃しても良いわ」
「え……?」
「早く決めなさい」

もう一度脅すように刀を振ると、アスモデウスは慌て喚き散らすように叫んだ。

「わ、分かった!もう女には手を出さないし、騙すような事もしねぇ!だから殺すのだけは勘弁してくれ!」

彼等悪魔にとっては遥か古から宿敵であり、憎悪の対象であるエクソシスト。
そのエクソシストに許しを乞う事を厭わない程に、葵とアスモデウスの力はかけ離れていた。

「……そう」

改心の意を見せたアスモデウスにどこか安堵した表情をする葵。
刀を腰の鞘に納める彼女の手前、頭を地面にすり付けたアスモデウスはうっすらと口元に厭らしい笑みを浮かべていた。

(馬鹿なエクソシストだ。悪魔が改心なんかするかよ!今はひとまずこの場を凌ぐ。そうしたらここから遠く離れた所でまた人間の女共の生命力を奪う。十分な力を蓄えた時は貴様を殺してやる!)

アスモデウスが心の奥底で復讐を誓ったその時、彼は頭上で葵が何やら唱えているのを聞いた。何かの詠唱のように聞こえる。

(何を……――)

不審に思ったアスモデウスが頭を上げたその刹那。どこからともなく現れた縄が彼の身体をがんじがらめにし、縛り上げる!

「な、んだ!?これは!」
「言ったでしょう?命“だけ”見逃すって」

縄を解こうと暴れるアスモデウスに葵が告げた。

「何のつもりだ、てめぇ!?」
「一種の封印術よ。次に目を覚ました時、貴方の魔力は枯れている。二度と悪魔には戻れないわ」
「………っ!?」
「これでもう魔力は使えない。これからはさっき私に誓った通りに生きなさい」

やがて意識を失い地に伏したアスモデウスに背を向け、葵は音も無くその場を立ち去った。








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