べるぜバブ | ナノ
*男鹿がにゃんこ
にゃんこ大戦線
グループワークの打ち合わせという名目で取り付けた、意中の女子の自宅訪問。
千載一遇のチャンスに胸躍らせ、意気揚々と出かけた哀場を待っていたのは予想だにしない展開であった。
「おじゃましまー……す」
それはそれは長い廊下を抜け、ようやく辿り着いた葵の部屋。
綺麗に整頓された棚の上にはヌイグルミなんか置いてあって、女番長として名を馳せる彼女のイメージに反して以外にも女の子らしい印象が持てた。
ギャップ萌えという奴だ。新しく知った葵の一面に哀場が内心ガッツポーズを取っていると、不意に鋭い殺気を感じる。
「お、猫」
気配を追って視線を動かせば、窓際に重ねられたクッションの上に鎮座する一匹の猫を見つけた。
茶色がかった黒い毛並が特徴的なその猫は、爛々と輝く黄色の眼光で真っ直ぐにこちらを見据えている。
微動だにせずこちらを睨み続ける猫に、自然と哀場の目にも力が籠る。こいつ、何かヤバい。
「何突っ立ってんのよ」
「葵……。いや、別に」
哀場と猫の睨み合いはこの部屋の主の登場によって幕を下ろした。
茶菓子の乗ったトレイを机の上に置く葵に哀場は早速問いかける。その間も殺気は絶えないままだ。
「あれ、お前ん家の猫?」
「え?あぁ、うん。こんな所にいたのねー、タツミ」
「タツミっていうのか」
葵がおいでおいでと手を伸ばすと、毛の一本も動かさなかったあの猫――タツミは、身軽にクッションから飛び降り主人の元へ向かった。
「んー、よしよし」
ぴょんと胸元に飛び込んで来たタツミを抱き止め、柔らかそうな毛並を葵は思う存分に撫でた。
タツミは気持ち良さそうに喉を鳴らしている。正直にぶっちゃけるが、凄く羨ましい。
「仲良いんだな」
「まぁね。でも、こんなに素直なのも珍しいわね」
「……俺にも触らせてくれよ」
『シャーッ!』
哀場がそう言った瞬間に、あれだけ安らかだったタツミの顔が一気に険しくなる。その唸り声には、明らかに威嚇の意志が込められていた。
「ごめんね。この子ちょっと警戒心が強くて」
「あぁ……。うん、気にすんな」
頬を引きつらせながら笑って誤魔化した哀場だったが、この時に彼は確信していた。
――こいつは、一筋縄じゃ行かなそうだ。
******
今日客が来るというのは朝、支度中の葵本人から聞いた。
てっきりいつものレディースの姉ちゃん達かと思い呑気に構えていたのだが、何と彼女が連れ来たのは男。
しかもあろう事かパツ金にかっこいい服で決めてる、バリバリのチャラ男野郎だ。
「じゃ、早く始めちゃいましょ」
「おっしゃ!任せとけ」
どうやら勉強会か何からしい。とりあえず今回は、葵に妙な意識がないらしいのは幸いか。
だが百戦錬磨の俺の目は誤魔化せねぇぞ、パツ金野郎。さっきから俺の葵の脚をチラ見してるのがバレバレだ。だがお生憎様、その美味そうな太腿は俺のモンだよ。
『ミャッ』
「ん?タツミ、どうしたの?」
「………」
畳の上に正座する葵の脚に飛び乗って陣取れば、奴の目から見えるのは俺の見事な毛並のみ。
ははっ、悔しそうな面してやがる。テメーにはお似合いだ。
「今日は甘えん坊さんね。でも邪魔したら駄目よ」
「そうだぞ。そこらへんで昼寝して来い」
パツ金野郎もこちらの意図に気付いたらしい。俺を見る目が険しくなって来やがった。
昼寝してろだと?俺のお気に入りの昼寝スポットは葵の膝の上なんだよ。
「哀場。何ぼーっとしてるの?」
「あ、あぁっ!悪い、何でもねぇ!」
「ったく、期限迫ってるんだからね」
バッカ!近ぇ!顔が近ぇんだよ!そんな無防備に振る舞ってるから、こういうアホな連中に目を付けられるんだ!
見ればパツ金野郎、机に向かって何か作業している葵の横顔を眺めて、ニマニマ気色悪く笑ってやがる。クソが、葵で変な事考えてんじゃねぇだろうな!?葵はテメーの慰み者じゃねぇぞ!
『ミャミャッ!』
「う、わっ!」
「ッ!?」
思い知らせてやろう、この身の程知らずに。この女は俺の所有物だという事を。
「こら!タツミ、噛んじゃだめでしょ!」
邪魔な服を押しのけ、葵の肩にかぶりつく。もちろん本気じゃない、いわゆる甘噛み。
呆然とした間抜け面を晒すパツ金野郎に、してやったりと得意げに笑ってやった。
俺とお前では格が違うんだよ。髪の毛染めて出直して来い。
「いい加減にしなさいってば!」
存分に葵の柔肌を味わったところで引き剥される。その肩にははっきりと歯型が残っていた。
人間が言う所有印ってやつだ。或いはキスマーク。
「だ、大丈夫か?」
「うん、痛くはないけど……。こら、タツミ!」
おっと、悪戯も少しばかり過ぎたらしい。怒る葵から逃げ出そうとしたら、パツ金野郎に首根っこ掴まれて持ち上げられた。このヤロー、中々良い動きしやがる。
「おい、猫」
『ミャ』
「今のは、宣戦布告と受け取って良いんだよな?」
『ミャ』
宣戦布告だと?思い上がってんな、人間が。勝敗なんて勝負が始まる前から決まってる。葵が俺以外を選ぶなんてある筈ねぇんだ。
だけどこの俺相手に上等かましてくれたその度胸は認めてやる。覚悟しろよ、テメーに葵はくれてやらん。全力で邪魔してやっからな、"アイバ"。
「タツミ、今日の夕ご飯抜きだからね!」
『フニャーッ!!!』
とりあえずその後は、葵のご機嫌取りに全力を注いだ。
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