べるぜバブ | ナノ






夜。いつものように男鹿が愚図るベル坊を必死に寝かし付けていた時の事だ。
机の上にほっちら投げていたケータイのバイブが低い音を立てて、メールの着信を報せた。


件名:こんばんわ
夜遅くにごめんね。今日の放課後の件だけど、これからよろすくお願いします!


差出人は邦枝葵。放課後の件とは何か、鈍感で名の通る男鹿でもすぐに分かった。
分かる分からない以前に学校から帰ってからというもの、頭の中がそれで一杯だったのだ。察するなという方が無理な話である。

「字、間違えてんぞ」

よろしくだろ、と口には出さずに突っ込みながら、男鹿は返信の文を綴る。


件名:no title
おう、よろしく。


――いや、流石にこれは素っ気なさすぎだろう。
今まで下らんと聞き流していた古市の教えが脳裏を過る。どんなに強い女でも丁重に優しく扱う、これ男の鉄則。
良く憶えてたなーと自分の記憶力に感心しつつ、男鹿は悩んだ末にメールに短い文を付け加えた。


件名:no title
おう、こっちこそよろしく。
まだ起きてたんだな。何してたんだ?


せっかく邦枝がメールを送ってくれたのだ。ここで会話を打ち切ってはいけない。
男鹿は古市にこうも教えられていた。恥ずかしがりやな――まさに邦枝のような――女子には、自分から歩み寄ってあげる事が大切なのだと。
あの悪友のうんちくに助けられるとは。悔しいが古市には礼を言わねばならないだろう。……フジノの超ミニミニコロッケで良いか。


件名:今?
光太を寝かし付けてたところかな。
男鹿は何してたの?ベルちゃんはもう寝ちゃった?


財布にたった一枚入っていた五十円玉を見て「やっぱ止めた」と思い直している間に返信が来た。
ほほう、何とタイムリーな。邦枝と同じ時間に同じ事をしていたかと思うと、まるで彼女と以心伝心しているようで胸が弾む。


件名:no title
奇遇だな、俺もようやくベル坊を寝かせたトコだ。
今夜は夜泣きしねーと良いんだが。


送ってみてから思った。飾り文字も絵文字もない、何と地味な文面であろうか。
しかしそれは邦枝のも変わらない。うん、これが俺達らしいのだと勝手に一人納得する。


件名:泣くと電撃だもんね
大丈夫よ、もう慣れちゃったでしょ(^^)v


と思ってたら使われたよ、顔文字。
大したものではないが、先手を打たれたようで複雑な気分だ。


件名:no title
慣れられるか!
あれマジでイテェんだからな<`ヘ´>


確かに癇癪を始め、ベル坊が泣く回数はここ最近でめっきりと減っている。
成長しているのだと最初は男鹿も感心していたが、逆に成長した分、電撃の威力も強力になってしまったのだ。
回数こそ減りはしたが、単発あたりの威力が上昇した事で結果的にはプラマイゼロなのである。


件名:ごめんごめん!
男鹿が顔文字って……
ぷっww


おい、何笑ってんだこの野郎。


件名:ヘソだし番長
俺だって顔文字ぐらい使うっつーの


嘘である。さっき使った怒り面が男鹿辰巳、人生初の顔文字であった。
そもそもメールなど、それこそ家族か、或いは古市ぐらいしか交わす相手がいなかったのだ。
あれ?俺ってもしかして友達少ない?今更な事実に打ちひしがれているとケータイが鳴った。


件名:ちょっと
待ちなさいよ件名。


デジタルな文字では人の心は伝わらないと聞いた事があるような気がする。
男鹿は断言できると思った。それは嘘っぱちだ。邦枝先輩、めちゃくちゃ怒ってらっしゃる。
何とか機嫌を直さねばと無い知恵を絞った結果が、これだ。


件名:no title
これからはヘソ出し過ぎんなよ。お前の体は俺のモンだからな!


ちょっと待て、と思わなかった訳では無い。しかし男鹿にしては珍しく焦っていたというのも事実だ。
第一、何も間違ってはいない。邦枝は自分の彼女である。今日の放課後、交際を迫って告白して来たのは他ならぬ邦枝ではないか。
自分は邦枝の彼氏であるのだから、ちょっとぐらいの独占欲、持ったって罰は当たるまい。

「……返ってこねぇ」

怒らせてしまったか、引かれてしまったか。はたまた、恥ずかしくて返信出来ないのか。
或いはお前の体、という言い方が悪かったかもしれない。これではまるで体目当てで付き合っている、古市の様なド底辺のエロ野郎ではないか。

不安が拭いきれない男鹿は、ポチポチ、と慎重に文字を打った。


件名:ごめん間違えた
体だけじゃなくて、お前の全部、俺のだから


「……うーん」

何か違う気がする。何だか深く考えすぎて、逆に道が逸れてしまっているかのような違和感。
マジで古市に影響され過ぎたかもしれない。もちろん、悪い方向で。

「ま、良いか」

あらよっと送信ボタンをプッシュ。返信が返ってきたのはその後、すぐの事であった。


件名:no title
何バカ言ってんの!?バカバカバーカ!男鹿のエロガッパ!もう知らない!おやすみ!!


あぁ、これは恥ずかしがってるな。
文面からありありと伝わってくる邦枝の感情。あまりの分かり易さに、男鹿は一人忍び笑いを零した。




交際メール




件名:おやすみ
明日から家まで迎えに行くな。

件名:は!?
それって、一緒に学校行くってこと!?

件名:当たり前だろ
付き合ってんだから。










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