べるぜバブ | ナノ






「何か良いバイトねーかなー」

男鹿がいつになく真剣な顔をかまして何かの本を読み込んでいる。
一体どうしたかと思いきや、その手に持っているのは何と求人情報誌。古市はこの世の終わりを予見した。

「アーメン、アーメン!神よ、どうぞこの古市貴之の命だけはお救い下さい!彼女も出来ないまま死ぬなんて嫌です!あ、出来ればヒルダさん級の可愛い子も一緒に生き残らせて!」
「うるせぇ」

両手を合わせ、全力で天に祈る古市に男鹿の蹴りが炸裂する。
しかしその間も男鹿の視線は求人情報誌に釘付けで離れないままだ。古市程度をボコるのに、わざわざ目を離す必要もない。

「ったく、人が必死でバイト探してるってのに。テメーも叶いもしねぇ妄想に耽ってねぇで、少しは俺を見倣え」
「よもやお前にそんな正論をぶつけられようとは……もう駄目だ、死のう」
「よぅし、手伝ってやる」

やりなさいベル坊君。父親代理の許しを得たベル坊の電撃が古市を襲う。

「なんで……急にバイトなんか……」

ギャグパート故に焦げただけで済んだ古市は、息も絶え絶えに最もな疑問を男鹿へぶつけた。
クソニートと名高い、休日は家でゴロンゴロンに限ると豪語するダメ人間の代表格たる男鹿がバイト?わりと冗談抜きで世界滅亡の前触れではないのか?

「やー、金ねぇんだわ、今」
「何で?何か欲しいモンでもあるの?」
「欲しいっつーか、まぁ……デート代ってヤツ?」

その時、古市の顔から一切の表情が消えた。表情どころか血色すら失われたその顔は、吸血鬼もびっくりな真っ白っぷりである。

「邦枝とこの間どこか行こうって話になったんだけどよ。いかんせん財布の中がすっからかんでな。飯もまともな店に入れたもんじゃねーし、こりゃいかんと。早急に稼がねぇとデートどころじゃねぇだろ?で、ちょっくら働き口探してんだ。……古市?」

先程までのやかましさはどこへやら。
急に静まった友を不思議に思い見てみれば、彼は泣いていた、それはもう大号泣だ。

「ぞっ……ぞんな、リア充ぐぜぇ悩み……俺に相談されても知るか―っ!!」
「相談してねぇし。つか、声でけぇよ」
「良いよ!金貸してやるよ!邦枝先輩と二人仲良くラブホでも行ってりゃ良いだろ!」
「行くか阿保!だから声が大きいって」
「ゴム代も俺がもってやるよ!アレ、けっこー高ぇしな!」
「使わねぇよ!黙れっつってんだろ、キモ市!」

これは今更な話であるが、ここは学校の教室、そのど真ん中である。
暴走した古市を減り込ませて黙らせるも時既に遅し。周囲のクラスメイト達から――特に烈怒帝瑠の女子陣から――の視線が非常に痛い。

「あ、あいつ等……真昼間から何を」
「ケッ!いくら女が出来たからって、浮かれてんじゃねーっ!惚気当てられるこっちの身にもなれや!」
「男子ってのはどうして、こう、アレなのかねぇ」
「……ゴミ虫」

違う。いや、違くないけどそうじゃないだろう。
古市を虫けら扱いするのは勝手だが、どうして俺までそんな目で見られなければいけないのだ。男鹿は珍しく露骨に動揺していた。
その横から恥ずかしさに振るえた、か細い声が聞こえて来る。

「ア、アンタ達」

これも今更であるが、今は授業中である。つまり自分の席で求人誌を読み耽っていた男鹿の隣では、邦枝葵が真面目にも課題に取り組んでいた訳で。

「おい、違うだろーが!俺はお前の為にと思ってな……!」
「……わ、分かってるわよ、バカ」

つまりは全部筒抜け、丸聞こえだった訳である。
デートなど、どうせ男鹿は無関心なのだろうと諦めていた葵にとってはどんなに嬉しかった事だろうか。
逆さまに構えた参考書から赤いおでこを覗かせて、囁くようにこう続けた。

「別に、デートだからってどこか行かなくったって……。私はアンタといれれば、それでいいから」
「………邦枝」

参考書を挟んで熱く見つめ合う二人の足元では、地面に減り込んだままの古市が血の涙を流している。
否、古市だけではない。周囲に取り巻く純情不良野郎共も皆、一様になって泣いている。
泣いているのはマシな方だ。気が狂ったように叫んだり、暴れまわったり、ゲボを吐いたり。石矢魔の教室はさながら地獄絵図の様であると、後に大森寧々がそう語ったそうな。




惚気拡散警報



(く、苦しい……!胸が苦しいよぉぉ!)
(リア充っ!爆発しろっ!末永く果てろっ!!)
(惚気なんかに負けるかぁぁぁぁ!!)










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