べるぜバブ | ナノ






ギュウ――と。胸の辺りに感じた圧迫感に意識を呼び戻され、鷹宮は目を覚ました。

「……何をやってるんだ」

開けた視界に真っ先に入って来た銀色に問いかける。
声音こそいつも通りに落ち着いていたが、確かにその時、鷹宮は動揺していた。
何故だ。何故、ベッドの中にルシファーがいる?何故、俺と並んで布団の中に横たわっている?
何故――ルシファーは俺を抱き締めている?

「おい、ルシファー」

考えてみれば、言葉を喋らないルシファーに"問いかける"など、無駄としか言い様のない行為だ。
いや、今はその限りではないのか。つい先日、彼女が言葉を話すのを初めて聞いたばかりではないか。

「なぁ、どうしたんだ?」

二つの小さな手は鷹宮のシャツを掴んで離さない。ただ、胸に押し付けられていた顔が動き、色のない瞳がこちらを見上げた。

「…………」
「ルシファー?」

ぱくり、ぱくり。ルシファーの口が動く。ゆっくり、ゆっくりと。

「シノブ」

これは正直な話だ。あの夜、ルシファーが初めて喋った時、鷹宮は嬉しいと思ったのだ。
二人が出会った当初、鷹宮はルシファーと言葉を交わそうと何度も彼女に話しかけた。
ルシファーは喋らなかった。鷹宮の問いに答える事は無かったし、逆に鷹宮へ何か尋ねる事もない。それは早乙女から紋章術を習い、彼女の力を支配できるようになっても変わらなかった。
いつしか鷹宮はルシファーに話しかける事を止めた。自らの意志を示す事のない悪魔は、文字通り紋章使いの道具と成り果てた。

それが変わったのは言うまでもない、あの夜の事である。

「ハナレタクナイ。シノブ」

あの夜と同じ言葉を繰り返す。瞳と同じでその声に感情はない。が、それは紛れもないルシファーの意志だ。
ひたすらに名前を呼ぶルシファーの手を、鷹宮は迷った末に握り締めてやった。

「俺は一緒にいるよ」
「シノブ……」

怯えているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか、怒っているのか。
ルシファーが何を考えているのか鷹宮には分からない。彼女が言葉にしてくれた事しか分からない、自分の無力がもどかしい。
こんな感覚は早乙女に会う前――あの暗い納屋で過ごしていた時以来だ。

「どうしたんだ、ルシファー。眠いのか?」

そういえば、と鷹宮は思った。
ルシファーは眠るのだろうか?自分は彼女が眠っている所など見た事がない。
気にした事もなかった。特に、彼女との会話を諦めて以降は。戦う為に呼び出す時以外、ルシファーがどこで何をしているのかなど気にも留めていなかった事にようやく気付く。

「お前、眠るのか?」
「………」
「もし眠いなら、良いよ。俺の隣で寝ると良い」

鷹宮の言葉にルシファーはこくりと頷いた。モゾモゾと身をくねらせ、より鷹宮に体を密着させる。
そのいかにも人間の子どもらしい動作に鷹宮は呆気に取られた。これではまるで親子ではないか。いや、兄妹の方がしっくり来る。
その時思い出したのは言うまでもない。憑りついた悪魔を家族として、護るべき存在として扱う、あの弟弟子の事だ。

「なぁ、まだ礼を言ってなかったな」
「……」
「助けてくれてありがとう」

死神の攻撃から守ってくれて。俺の為に言葉を覚えてくれて。

「ありがとう……ルシファー」

遅くないだろうか。今からでも、始められるだろうか。
あの弟弟子と同じように家族として、これからルシファーを愛して行けるだろうか。

「シノブ」

見下ろしたルシファーの顔は、笑っていた。笑っているように見えた。

「オヤスミ」




そして僕達はおやすみを言う練習をする




おやすみと返してくれる貴方の声は、溢れ出る程の愛に満たされている。










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