べるぜバブ | ナノ
*恋人設定
「知ってますか、ヒルダさん。今日、11月11日は『ポッキーの日』と言って、全国のバカップル共がポッキーゲームと呼ばれるラブイベントでラブラブしまくる日なんです。と、いう訳であーん!」
特上級の笑顔の古市が差し出した一本のポッキー。その半分から先がヒュッと音を立てて消えた。
念の為にもう一度言っておくが折れたのではない。跡形もなく消えたのだ。
「次は貴様がこうなる番だ」
スラリと自慢の剣を光らせるヒルダに、とりあえず古市は土下座した。
ポッキーbirthday
「何でですか!ポッキーゲームしましょうよ!俺達、立派な恋人じゃないですか!何より今日は俺の誕生日ですよ!?」
泣いて許しを――ではなく、ポッキーゲームを乞う古市に、ヒルダは遥かなる高みから絶対零度の視線を叩きつけて告げる。
「知るか」
「そんな薄情なぁぁぁぁ!」
「薄情なものか。貴様へのプレゼントならほれ、私が腕によりをかけて作ってやったろうに」
ヒルダの指さす先には、禍々しいオーラを放つ――何か。
幻聴か否か、笑い声を発するそれ等を決して見ないようにして、古市はしつこく足掻き続けた。
「ほら、色々な味のポッキー買ってきましたよ!どれが好きですか?チョコ?イチゴ?それとも抹茶!?」
「魔界吸血ヒルの生血」
「んなモンあるかぁぁぁ!!」
両腕一杯のポッキーの山を投げ捨て、過剰なツッコミのあまり、のた打ち回る古市にヒルダは問いかける。
「そもそも――ポッキーゲームとは何だ?」
「え?知らずに嫌がってたんですか?」
「貴様があそこまでキモい顔をしてやりたいと抜かす事だ。さぞロクでもないだろうと思ってな」
「ロクでもなくなんか無いっすよ!」
絶望という深い闇の中に、古市はほんの微かな光を見出した。
ここで自分がいかにポッキーゲームの魅力をヒルダに伝えられるかが勝負の鍵だ。
古市貴之、人生で培ってきたプレゼン能力の真価が今こそ問われる時である。
「ポッキーゲームというのはですね。こうやって、二人で一本のポッキーを両端から食べ進めて行くんです。途中でポッキーが折れたら失敗。で、最後まで食べ続けて、二人の唇がチューってなったらハイ成功!!どうです、ポッキー食べれてキスも出来る!ダブルスウィートな素晴らしいゲームでしょう!?」
ぐしゃり。古市全力のプレゼンショーに贈られたのは、ポッキーが箱ごと握り潰される絶望の音であった。
「うむ。下らん」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
古市は泣き叫び、転げまわって現実を否定する。
ショックのあまり正気を失いかねない哀れな彼氏に、ヒルダは面倒臭げな口調で尋ねた。
「要するに貴様は接吻がしたいのだろう」
「うぅ〜……いや、それもありますけど」
「それならそうと早く言えば良いだろう。全く、何故人間はこうも物事をややこしくする癖があるのだ」
言うや否や、ヒルダは床にのたうつ古市を捕まえて強引に立たせる。
「ひっ!すいませんすいません!もうポッキーゲームは良いで、ふっ!?」
チュゥ――と。軽く触れるだけ。時間も刹那と呼ぶような一瞬のものであったが。
忙しく動く古市の口を、ヒルダは自分のそれで塞いで黙らせた。
「………満足か」
突然の事に唖然と間抜け面を晒す古市に、顔を背けたヒルダがぶっきらぼうに言い放つ。
明らかに照れている様子の彼女に古市がようやく絞り出した言葉とは――
「ヒルダ、さん」
「…………」
「キスしてくれるんなら、ポッキーゲームもしてくださいよぉぉぉぉぉ!!」
「するかっ!!」
うひょー!と寄生を発しながら飛びかかって来た古市を回し蹴りで撃退する。
しかし並みの不良ですら意識の飛ぶ攻撃を受けても古市はめげない。その執念たるや、悪魔も舌を巻く程であった。
「良いじゃないですか!やりましょう、やりましょうよ!!」
「しつこいぞ、貴様!接吻はしてやったろう?何が不満だ!?」
「キスとポッキーゲームは別物ですよ!や、もっとキスしてくれても構わないんですけどねっ!」
「二度としないぞ!絶対にだからな!」
古市の執念が勝るか。ヒルダの意地がそれを凌ぐか。
何にせよ今年の誕生日は古市貴之の人生史上、最も幸福であった事は間違いない。
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