べるぜバブ | ナノ






*病み男鹿注意





それは男鹿にとって極めて純粋な疑問だった。

「何で他の野郎と喋ってんだよ」

振り返った彼女の黒い瞳はキョトンと丸くなっている。質問の意味が理解できない――そんな顔だ。
理解できないのはこっちの方だと、ほんの少しの苛立ちが胸中に芽生える。

「他の野郎って……誰?」
「哀場の野郎だよ。何、俺そっちのけで楽しそうに喋ってんだ」
「べ、別に楽しくなんか!」

顔を真っ赤にして怒鳴る彼女は、自分が壊滅的に嘘を付くのが下手だと自覚がないのだろうか。
もし、もし見抜かれる事を承知でそんな下手くそな嘘を並べているのだとしたら。

「腹立つんだよ」

軋み合う歯と歯の間から漏れ出したその声は野獣の唸り声に似ていた。
ぞくり。葵の整った顔に戦慄と恐怖が浮かび上がるのを見つめながら、男鹿は一歩、彼女との距離を詰める。
僅かな苛立ちは胸の中で、グツグツと泡を立てて沸騰し始めた。

「見てんだよ。知ってんだよ。分かってんだよ。テメー、アイツと一緒になるのも悪くねぇとか思い始めてんだろ」

確証はなかった。男鹿自身、こと恋愛に関しては悉く無縁であり知識も乏しいのだから。
しかし葵と哀場、この二人の関係性が出会った当初のものとは明らかに変化しつつある事は間違いない。
葵の心の中で哀場猪蔵という、自分ではない別の男の存在が徐々に大きなものとなって行く。男鹿にとってそれは絶対に許し難く、何より恐るべき事であった。

「男鹿……?」

一歩一歩と距離を詰めてくる男鹿に、葵も無意識のうちに一歩後ずさる。
まるで自分から逃げるようなその行動を見て、男鹿の中で何か大事な物が音を立てて壊れた。

「何でそんな目で俺を見やがる」
「ちょっと……いや、」
「嫌じゃねぇだろ!!」

堪えきれなくなった怒りを吐き出すように男鹿は吠える。
尋常ならざる威圧感に完全に竦み上がっていた葵の肩に掴みかかり、力に物を言わせ強引にその場へ引きずり倒した。
理性などない。思考など用無しだ。男鹿は湧き上がる憤怒と恐怖、そして意地汚い子どもの様な独占欲に身を任せて、抵抗する葵を乱暴に押さえつけた。

「いやっ……!いや!何するの、やめて!」
「アダー!」

グイグイ、と後頭部に乗ったベル坊に髪を引っ張られても、男鹿は鬱陶しいとすら思わなかった。気付いているのかも定かではない。
今彼の眼中にあるのは、全力で抵抗の意志を示し自分を拒絶しているこの女だけだった。
シャツを無理矢理引きちぎれば、無防備に晒された胸元に見覚えのある紋章が見えた。男鹿の右手にもある、契約の証だ。

「―−お前は」

何かに操られたかのように覚束ない手付きで、男鹿は葵の紋章に指を滑らせる。

「お前は、俺のモンだろうが」

抵抗を諦め、ただむせび泣く葵は何も答えなかった。




溺れる




本能に、溺れる。










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