べるぜバブ | ナノ
邦枝夫妻がたつきを連れて近くのスーパーのお買い物に行った時の事です。
葵がお肉コーナーで牛肉の品定めをしていると、背後からクンクン、と何かを嗅ぐような音がしました。
否、実際に嗅がれています。
「……可愛い生き物の匂いがする」
「うひゃぅっ!!?」
葵は驚いて飛び上がりました。可愛らしい悲鳴頂きです。
「と、東条!」
「おー、邦枝。久し振りだな!」
ニカッと少年のような無邪気な笑顔を浮かべて挨拶してきたのは、高校時代の先輩、東条英虎でした。
ガチムチな筋肉がたくましい彼は、葵や神崎、姫川と同じかつての東邦神姫の一人で、当時は石矢魔最強と恐れられたレジェンド級のヤンキーでした。
一度は辰巳にすら勝ったこともある、とっても凄い人なのです。
「久し振りね!」
「おう、ほんとにな!元気にしてっか?」
「えぇ、相変わらず辰巳がムチャクチャ言ってるけどね」
「ははっ、男鹿の奴も相変わらずか。...なぁ、それよりも」
不意に、東条の眼差しに真剣な色が浮かびました。
それは例えるならば特上の獲物を狙う虎の目。あまりの迫力に葵もたじろいでしまいます。
「その可愛い生き物は何だ!?」
「へ...?あぁ、たつきのことね」
「あぅ?」
東条の情熱的な眼差しを受けて、カートに座っていたたつきが首を傾げました。
その可愛さ120点な仕草に、元々小さくて可愛い生き物を愛してやまない東条のハートはあっさり陥落します。
「先月生まれたばっかりなの。たつきって言うのよ」
「ほほう」
「ほら、たつき?この人は東条お兄ちゃんよ。ママとパパのお友達。ご挨拶して?」
「あう、あーあ!にゃむ!」
「な、なんてキュートな...!」
東条さん、鼻血出てます。気持ちは分かりますが落ち着いて下さい。
「ほーれ、たつき!虎オニーチャンだぞぉ?いいこでちゅねー!」
「にょ?あ、あーあっ!」
「ふふっ、東条は相変わらずね。今は建設現場で仕事してるんだっけ?」
「おう!今日は静の弟の誕生日でな、奮発してステーキでも買ってやろうと思ってよ」
「七海先輩の?うわーっ、おめでとう!」
久しい再会に盛り上がる二人。スーパーのお肉コーナーの前は和やかな雰囲気で満たされています。
そこに、葵から特売のじゃがいも調達を命じられていた奴が帰ってきました。
「おーい、葵。言われたモン取って来た……東条?」
見覚えのあるムキムキな背中に辰巳の声音がワントーン下がります。
振り返った東条は機嫌を急降下させる辰巳の姿を認めると、ニヤリ、と不敵に笑いました。
「よう、男鹿。相変わらずだな」
「……何やってんだ、てめぇ」
「ご挨拶じゃねーか。俺はただの買い物だ」
「そうかい。じゃあほれ、とっとと買うもの買って帰りやがれ。山の奥の洞穴にな」
「断る。俺はもっと可愛いたつきと戯れたい」
「ざけんなっ!俺の子には指一本触れさせねぇぞ!どうしてもって言うんなら俺を倒していきやがれ!」
「はっ!はなっからそのつもりだ!」
「駄目に決まってんでしょ」
大人になってもやっぱりこの馬鹿二人は喧嘩が大好きなようです。
しかしそんな事は常識人な葵が決して許しません。特に今はたつきの前です。もしもの事があれば洒落にならないのです。
「たつきはすぐに喧嘩する乱暴者なんか嫌いよねー?」
「あう?」
「何?そうなのかッ!?」
葵の猫撫で声に東条は鋭く反応しました。
当たり前です。物事をすぐに暴力で解決しようとする乱暴者なんか子どもでなくとも嫌いです。
「嘘だ!たつきは俺の子どもだぞ、俺と同じで喧嘩が好きに決まってる!」
「アンタは黙ってなさいっての。ほら、東条。たつきは喧嘩なんかして欲しくないって」
「あぶ」
「ぬぅ……!可愛いたつきが言うんなら仕方ねぇ」
流石たつきです。そのたまらない愛くるしさで見事に東条の闘争心を沈めて見せました。やはり可愛いは正義です。
辰巳が何やら吠えていますが気にしない事にしましょう。
「ってか七海先輩の弟さんの誕生日なんでしょ?良いの、ゆっくりしてて?」
「いっけねぇ!すっかり忘れてたぜ!」
葵に指摘され、時計を確認した東条の顔がさーっと青ざめます。
手早く一番高いステーキ肉を引っ掴むと、足早にレジの方へ駆けて行きました。
「じゃあな、邦枝!たつき!今度ぜってーに遊びに行くからな!」
「えぇ、待ってるわね!ほら、たつきもばいばーいって」
「あうあーうっ」
「ぜってー来んな!!」
去っていく東条の背中に失礼な事を怒鳴り散らす辰巳を、葵の強力な足払いが襲いました。
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