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*死ネタ



花が散った




澄み渡る蒼天に咲き誇る淡いピンク色の花達。
その下で延々と馬鹿騒ぎを繰り返す人間共を見た私は、胸につかえた不快感を言葉にして吐き出した。

「花が散る様を見て大はしゃぎとは。存外、人間も残酷なものだな」
「いやぁ。そんな深い事は考えてないと思いますよ、皆」

返答を求める訳でもない独り言を拾ったのは、隣に立つ彼だった。

「確かに花はかわいそうかもしれませんけど、でも同時に凄く綺麗じゃないですか」
「成程。我々が敵を殺した時に血しぶきを見て興奮するのと同じというわけか」
「……悪魔ってそんなんばっかか」

彼の漏らした些細な垂れ言は聞かなかった事にしてやる。
それよりもあの時の私は、目の前に広がる光景から目を離す事が出来ず、それどころではなかった。
彼が言う"綺麗な"光景をではなく、その"綺麗な"光景を見てはしゃぎまわる愚かな人間達に、一種の畏怖にも似た強烈な感情を見出していた。

(貴様等は我々を悪魔などと呼ぶが……貴様等もそれほど我々と変わりないな)

他者の終わりに喜びを見出す者達。その様は無邪気であり、残酷であり、何よりも恐ろしい。
この姿こそが本質なのだろう――彼等の、そして我々の。

「綺麗ですねぇ、ほんと」

隣で微笑んでいるこの少年も、善良無垢に見えるのは外面だけだ。
その心の奥底には間違いなく、"悪魔"と呼べるどす黒い部分が根付いている筈だ。

――そんな考えに至った時、不思議にも胸が高鳴りを覚えた理由は、今でも分からない。







「綺麗だな」

あの時、彼は同じ事を言った。
花が散る様を見て人は美しいと感じるのだと。
それが今の感覚と全く同じものかと訊かれれば確証はないが、まず間違いなく最も近いところに在る筈だ。

「ヒル、ダ、さん」

ごぽり。私の名と共に彼の口から零れたのは鮮やかな真紅。綺麗な、血。
驚愕に見開かれた目も風になびく銀髪も、彼の全部、全部が美しい。

「古市。お前は言ったな。花が散る様はかわいそうだが、それと同時に美しくもあると」

どくんどくん。
剣の刀身から徐々に弱まる彼の心の鼓動が伝わってくる。
それもまた、美しい音色。

「ならば私にとってのお前がそうだ。お前が、私の花だ」
「ひる、だ…さ……」

それに声。聞いていてなんて心地の良い声だろう。

「かわいそうな奴だ。信じていたのだろう、我々を。坊ちゃまも、ラミアも、アランドロンも、それに私も。まさかもう人間を滅ぼしたりしないだろうと思っていたのだろう。信じていたのに裏切られた。かわいそうに。だけど、私にはかわいそうなお前がとても美しく見える」

そう、彼は花だ。
綺麗だけれど儚く散ってしまう。しかしその散る様もまた美しい、私だけの花。
彼の命は散る。他ならぬ、私の手で。

「綺麗だ」

赤く濡れた彼の唇に口づけを落とす。
彼の瞳はもう何も映してはいない。
暗い、暗い。ひたすらに深く真っ黒な、我々が大好きな深淵。

「お前が死ぬ様は――古市、とても綺麗だよ」










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