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俺達はもう子どもじゃない




「弟子達が世話になったんじゃろう。礼のついでに顔を見せたらどうじゃ」

顔馴染みのおっかない爺に一喝され、早乙女禅十郎は渋々その重い腰を持ち上げた。
不本意だ。物凄く不本意だ。けれど彼の言う通り、生意気であるが愛すべき生徒達が彼女の世話になったのは事実だし、何よりこのままスルーを貫けば後の制裁が非常に恐ろしい。

学校の休日を利用して、早乙女は土産の酒を携え、おんぼろの船に乗り込み果てのない太平洋に繰り出した。
ゆらりゆらりと揺れる船の上、一人将棋に興じたりマナーの悪い他の乗客を絞めたりする事およそ半日。
薄暗い海の果てに不気味なシルエットが見えると、いよいよ目的地が近付いて来た。

「何しに来やがった、この薄汚い髭面が!」

記念すべき再会に放たれた上段蹴りを間一髪でかわしながら、やはり来るんじゃなかったと後悔する。

「礼に来てやったんだよ、くそったれの大馬鹿野郎。前はウチの弟子共が世話んなったな」
「久し振りに会ったってのに何だ、その言い草は!?もっと“綺麗になったな”とかあるだろう!?」
「お前、今俺のこと薄汚い髭面っつったよな?」

斑鳩薺――このかつての級友とは本当に久しい再会だが、やはり苦手である事に変わりない。
テンションについて行けないと言うか、波長が合わないと言うか。早い話が相手をしていてとても疲れる。

「チッ、まぁ折角来たんだ。泊まって行きな」
「いや、いーよ。俺はどっか宿とって明日帰るから」
「人が気を遣ってやってるのに察しろ、この馬鹿!鈍いのは相変わらずか!」

今度の蹴りは、かわせなかった。



******



「おらよ。土産だ」
「お、結構高いヤツじゃない。アンタにしては気が利くわね」

夕飯の席で、使用人代わりの人形にビールを要求しようとした彼女に土産の酒を差し出す。
確かに値段は張るが、アルコール度数はとても低い品だ。彼女の酒癖の悪さは重々承知している。それを懸念してのチョイスだった。
早乙女の意図も知らずに、薺は早速とばかりに瓶の蓋を開けていた。

「かーっ!うめーっ!」
「程々にしろよ。男鹿達が来た最初の日も記憶飛ばしたらしいじゃねぇか」
「う……うるさい!」

大口開けて怒鳴り散らす薺の頬には既に赤みが差している。
本当に大丈夫だろうか。いっそ酒など渡すべきではなかったかもしれない。

「ほらほら、アンタも呑みな」
「おう、悪ぃな。……あー、そんぐらいで良い」

薺に入れてもらった酒を一口で呑むと、温いアルコールが喉をちりちりと焼いた。
早乙女のグラスが空になったのを見計らって、薺は二杯目を注いでくれる。
程良く酔って上機嫌なのだろうか。彼女にしてはヤケに気が利く。

「邦枝の爺さんから聞いたよ。あの子達、どうにかやり遂げたそうじゃないか」
「どうにか、じゃねぇよ。あのくそったれ共、世話になるだけなっといて人の言う事を聞きゃしねぇ。ベヘモットが引いてくれたから良かったものを、じゃなきゃ皆殺しだった。ホント可愛い生徒達に恵まれて幸せだよ、くそったれ」
「ははっ。昔のアンタにそっくりそのままじゃないの!」

延々と愚痴る早乙女を、薺はケラケラ笑って一蹴した。
瓶の中の酒は早くも半分を切っている。おい、いくら何でもペース早過ぎないか。

「昔のアンタも人の言う事聞かなかったし、いつも一人で突っ走ってたし、周りに迷惑かけてばっかだったし。……あれ、今もそうか?アンタ成長してないわねー」
「んな訳あっか、くそったれ。俺はあそこまで天の邪鬼じゃなかったぜ」
「そーぉ?私からすれば、アンタ程危なっかしい奴は後にも先にも見た事ないけどねぇ」

ぐびっ、と音を立てて酒を呑みこむと、おかわりをつごうと瓶を傾ける。何も出て来なかった。

「ちぇっ。もう空か」
「あぁ!?あんなにあったのにか!?」
「まぁいーやっ。ねー、禅」

放り投げた空の瓶がころころと床に転がる。
赤ん坊のように這って近付いて来る薺に、早乙女の脳内アラームが最大音量で鳴り響き危険を知らせた。
暴れないのは良いが、酔いが回っている事は間違いない。

「アンタさぁ、まだな訳?」
「まだって何が」
「結婚」
「けっ……あぁ!?」

あまりにも唐突な話題に飲み込みかけていた酒が詰まり、むせ返る。

「いきなり何言い出しやがる、くそったれ!」
「不良教師の早乙女君はぁ、まだ独身なんですかぁ?」
「そ……そうだよ。悪いか」
「かーっ!だっせぇ!コイツ良い年こいたおっさんのくせに、まだ童貞だってよぉ!!」
「童貞とは言ってねぇだろうが!」

急な話題の飛躍に焦りを覚えつつ、このまま不名誉なレッテルを張られるのは我慢ならないので反論する。
途端に、酔いの所為でとろんと垂れ気味だった薺の両目が鋭く吊り上がる。

「……どこのどいつよ」
「あぁ?」
「どこのどいつとヤッたって訊いてんのよ、このすっとこどっこいがぁ!」

怒声とも悲鳴ともとれる雄叫びを上げた薺の拳が早乙女の左頬に炸裂する。

「ってぇな、くそったれ!」
「んぐー……」

あまりにも理不尽な奇襲に怒鳴るも薺は全く聞いておらず、それどころか床に寝そべって鼾を掻き始めている。
怒りの矛先を失って呆然とする早乙女の目の前で、鼾に混じって微かな寝言が聞こえた。

「あたしの禅と寝やがってぇ……ぶっ殺すぅ……」
「なっ……」

本音丸出しのうわごとに早乙女は柄にもなく、胸が高鳴るのを覚えた。
若干おっかない言葉も聞えたがそれは敢えて気にしない事にしよう。

「相変わらずなのはどっちだよ」

人形に掛け布団を持って来るよう頼み、むにゃむにゃと言葉にならない寝言をぼやき続ける薺の寝顔を見つめる。

彼女は早乙女を「鈍い」と評し呆れていたが、早乙女自身はそんな事は無いと自負している。
彼女が今も尚自分に好意を寄せている事には気付いているし、その事に気付かなかった若き日の自分を振り返り、呆れ果てるだけの余裕は持ち合わせている。
もう、周りを気にせず自分の道をがむしゃらに突き進むだけの子どもではない。

「酒癖悪い所はちっとも治っちゃいねぇな」

どこの誰と寝たかなどと、甚だ愚問ではないか。
確かあの時も今とほぼ同じシチュエーションだった。二人きりで、彼女は程良く酔っていて、その様が妙に厭らしくて。
思い出してみれば、あの場であんな行動に出た自分のぶっ飛んだ決断力が恐ろしい。今はとてもそんな度胸は無い。

「若いって良いねぇ」

若かった頃の自分達を振り返りつつ、早乙女は残った僅かな酒を喉に流し込んだ。











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